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使えない医者を量産する「怒らず、残業させず」新研修医制度

社会・政治 投稿日:2016.10.17 20:00FLASH編集部

使えない医者を量産する「怒らず、残業させず」新研修医制度

大学病院の手術は研修医が見守るなかで行われることが多い

 

「研修医は叱らないでください」

 

 ある日の朝、某病院の麻酔科部長のA先生が私に釘を刺した。これから始まる手術の麻酔を研修医が担当するのだ。私はそのサポート役である。

 

「それから、研修医の担当する手術が17時以降に及んだ場合、本人が帰宅を希望したら交代してください。厚労省のガイドラインで決められているので」

 

 かつて、研修医は出身大学で各専門科の研修を受けるのが慣習だった。だが2004年、厚労省が定めた新医師臨床研修制度によって、新人医師は2年間で「外科2カ月→小児科2カ月→麻酔科1カ月……」式にいろいろな科を廻り、幅広い分野の総合的な能力を養うことになった。

 

 それにより大学病院に長年存在した医局制度は衰退した。新人医師が「幅広い分野の総合的能力を養う」ことは悪いとは思わないが、新制度の影響が医師不足・医療崩壊(※)という形で表面化したのは残念だ。『ドクターX』はそんな現状を背景に描かれているドラマなのだ。

 

 厚労省の新研修医指導ガイドラインには「ミスをしても頭ごなしに叱らず優しく諭す」「本人の同意のない時間外労働は禁止」「体調不良時には休ませる」とも。なんとも優しいことだ。

 

 A先生は、かつて鬼コーチとして研修医に恐れられる存在だった。「鉄は熱いうちに打て」をモットーに研修医を使い倒し、仕事が終わった後も英文論文を渡して、それを翌朝までに読ん
で来なかった研修医は、カンファレンスで罵倒された。

 

 しかし、彼の熱血指導を2年間耐え抜いた研修医は、それなりに使えたのも事実であった。

 

「さすがの鬼コーチも、厚労省には勝てなかったか……」

 

 冒頭の場面に話を戻そう。

 

 研修医は8時40分になっても現われない。手術開始は9時。「筒井先生、代わりに麻酔の準備をしておいてもらえませんか?」とA先生。

 

 研修医をケータイで呼び出すのも「今はまだ時間外だからダメ」と。なんでも、以前研修医を夜9時まで働かせたところ、パワハラで始末書を書かされたという。

 

「夜9時でパワハラですか!?」

 

 と私が驚くと、

 

「そう。心臓外科部長なんて、徹夜オペの助手をやらせたら、労働基準監督署に直訴されたんですよ」

 

 聞けばその研修医たちはその後、一人は先輩医師とデキ婚して専業主婦になり、もう一人は「こんなブラック病院は撲滅する!」と宣言して、ロースクールの受験勉強をしているとか……。

 

 8時50分、手術部受付の電話が鳴った。研修医からA先生に「LINEを確認してください」との伝言だ。A先生が慌ててスマホを開くと「今日は体調不良なので休みます」とのメッセージがあった。

 

「そういうわけですので、筒井先生、この手術の麻酔をお願いします」

 

 そして「了解、お大事に」とLINEに返信したA先生だった。

 


※医師不足・医療崩壊=さまざまな原因があるが、新医師臨床研修制度により新人医師が大学病院ではなく都市の総合病院に集中し、余力を失った大学病院が地方病院に医師を派遣することができなくなったこともそのひとつとされる


<筒井冨美 Fumi Tsutsui>
 1966年生まれ フリーランス麻酔科医 国立医大卒業後、米国留学、医大講師を経て2007年からフリーに。医療ドラマの制作にも関わり、『ドクターX』(テレビ朝日系)取材協力、『医師たちの恋愛事情』(フジテレビ系)医療アドバイザーを務める

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