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菅田将暉、松山ケンイチを指導「ボクシング俳優・松浦慎一郎」が明かす数奇な出会いーー東山紀之から「台本覚えてないの?」と言われ…

エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2021.04.13 11:00 最終更新日:2021.04.26 11:12

菅田将暉、松山ケンイチを指導「ボクシング俳優・松浦慎一郎」が明かす数奇な出会いーー東山紀之から「台本覚えてないの?」と言われ…

手慣れた様子でポーズを決める松浦

 

 スクリーンのなかで俳優たちが見せる、プロ顔負けのボクシング・ファイト――。

 

「ある映画では12試合分の “殺陣(たて)” を考えました。1ラウンド3分で、1試合だいたい8ラウンド。すべてのラウンドで、違う展開を考えないといけません。

 

 それを俳優さんに教える前に、自分がソラで伝えられるように覚えなければいけないですから、撮影のときは部屋中に殺陣の内容が書かれた紙を貼って、直前までそこに籠りきりという状態で……(苦笑)」

 

 

 そう話すのは、俳優の松浦慎一郎(38)だ。元ボクシングトレーナーの彼は、その異色の経歴を生かして『百円の恋』(2014年・武正晴監督)、『あゝ、荒野』(2017年・岸善幸監督)、『アンダードッグ』(2020年・武正晴監督)といった、ボクシングを題材にした映画に出演している。

 

 自分が出演するだけでなく、菅田将暉(28)、森山未來(36)、北村匠海(23)、勝地涼(34)、安藤サクラ(35)といった人気俳優へのボクシングのトレーニング指導や、ボクシングシーンの動きをつける “殺陣” の監修をおこなってきた。

 

 2021年4月9日に公開された映画『BLUE/ブルー』(吉田恵輔監督)でも、松山ケンイチ(36)と東出昌大(33)、柄本時生(31)のトレーニング指導をおこない、自身も劇中にボクサーとして登場している。

 

「絶対に事故を起こしてはダメなので、役者さんの動きをそのまま生かしたボクシングスタイルに仕上げるのと、自然な動きで出来る殺陣の流れを考えるように意識しています。ただ、個人的に印象に残っている場面は “ミス” の瞬間のほうなんです。

 

『あゝ、荒野』の撮影のとき、菅田さんの試合のシーンで、相手が殺陣と違ったタイミングでアッパーカットを出しました。僕が『危ない』と思っていたら、菅田さんはそれを見事によけてました。あとで、菅田さんにその瞬間のことを聞いたら『(ボクシングって)おもしろい。続けていきたいと思いました』と。

 

 菅田さんには、『実際に殴ってもらえませんか?』と言われたこともあります。さすがに役者さんですし、顔はまずいのでテンプル(こめかみ)にバシッといきました。

 

 けっこう食らったと思うんですが、彼は『 “効いた” のを経験しないと、この役はできません』と言っていましたね。指導する俳優の皆さんが『そこまでやるんだ』というところまで、自分を追い込んでいるんですよね」

 

 長崎県出身の松浦は大学卒業後に、内山高志(41)、河野公平(40)、田口良一(34)といった、のちの世界王者が在籍していた東京の「ワタナベボクシングジム」でトレーナーとなった。

 

「卒業した九州産業大学は学生ボクシングの強豪で、そこでアマチュアボクシングを始めました。でも、入ってみたら周囲がすごすぎて、『自分には無理かな……』と。そんなとき、当時の監督から『学生トレーナーになってくれ』と言われたんです」

 

 そこでボクシングトレーナーとしての経験を積んだ松浦だが、ワタナベジムでトレーナーになったのは、まったく別の経緯だった。

 

「ボクシング業界から役者に “転向” したと思われることが多いんですが、じつは役者のほうが最初なんです。大学卒業後に気が向いて参加した、福岡での演技指導教室で楽しさを感じて『役者になりたい』と、2005年に上京しました。ワタナベジムは、たまたま上京当時の家の近くにあったんです」

 

 そこで、当時のワタナベジムのトレーナーで、世界王者たちを育ててきたホン・ドンシク氏に出会った。

 

「上京したばかりだったので、『バイト募集とかしてないかな?』と思い、ワタナベジムの見学に行ったんです。そうしたらトレーナーのホンさんが話しかけてきて、『君、なんで東京に来たの?』と聞かれたので、僕は『役者になろうと思って』と答えたんです。

 

 そうしたら、ホンさんが『そんなものやめて、すぐにでもうちのトレーナーになりなさい!』と……。疑問に思いつつも、経験はあったのでトレーナーになりました。

 

 あとでわかったのですが、当時のホンさんは韓国から来日したばかりで、韓国語にはない『さしすせそ』の発音がわかりにくかったそうです。だから、『役者』ではなくて、僕が『ヤクザ』になろうとしていると勘違いしていて、今すぐにでもやめさせようと思ったみたいでした(笑)」

 

 それ以降、松浦はホン氏のアシスタントトレーナーになった。当時はワタナベジムのプロ選手、練習生、会員合わせてつねに100人以上の練習を指導するような状態だったという。

 

 内山など、現役選手の相手をすることについて「こちらが鍛えられてばかりでした」と話す松浦だが、2010年には日本ボクシング界で、その年にもっとも秀でたトレーナーに贈られる「エディ・タウンゼント賞」を、「チーム内山」として受賞するまでになった。

 

 だが、その間の松浦はすっかり上京当時に抱いていた「役者への夢」を忘れていた。

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