エンタメ・アイドル
名曲散歩/岩崎宏美『思秋期』10代最後の曲に秘められた涙なみだの物語
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2021.04.18 16:00 最終更新日:2021.04.18 16:00
東京・神田の古いビルの2階。そこには夜な夜な紳士淑女が集まり、うんちくを披露しあう歌謡曲バーがあるという。今宵も有線から、あの名曲が流れてきた。
お客さん:お、このイントロは岩崎宏美の『思秋期』。アイドル歌謡とは一線を画す曲だよね。
マスター:1977年にリリースされた岩崎宏美の11枚目のシングル。デビューから携わってきた作詞家・阿久悠が、アイドルから大人の女性へと変身させるために書いた曲だという。
【関連記事:名曲散歩/山本譲二『みちのくひとり旅』 アイデア尽きてふんどし姿に】
お客さん:確かに、それまでとは趣きが違う。
マスター:実は『思秋期』は岩崎宏美にとってターニングポイントになった曲なんだ。というのも『スター誕生』(日本テレビ系)でデビューが決まったとき、父親が「俺は聞いてない」と芸能界入りに大反対した。
お客さん:昭和のこわーいオヤジだ。
マスター:岩崎宏美はそれまで一度も父親に口答えしたことがなかったけれど、「20歳までということでお願いします」と言って、返事も聞かず、16歳で芸能活動を始めた。
お客さん:そんな父親の思いとは裏腹に、デビュー曲の『二重唱(デュエット)』から『ロマンス』、『センチメンタル』と立て続けにヒットを飛ばして、トップアイドルの座を手に入れたよね。
マスター:そう。そして10代最後の曲がこの『思秋期』だった。実はレコーディングのとき、岩崎宏美は泣いて歌えなくなり、何度も録り直すことになった。2番の歌詞にあった「卒業式」という言葉に、敏感に反応してしまったそうだ。
お客さん:オヤジさんとの「20歳まで」という約束も頭をよぎっただろうね。
マスター:そんな父親が、この『思秋期』を聞いたとき、はじめて歌手として認めてくれたという。
お客さん:いい話だ。
マスター:実はこの曲を聞いて、泣いた人がもう一人いる。それは編曲家の萩田光雄なんだ。
お客さん:『木綿のハンカチーフ』『待つわ』『異邦人』『少女A』などなど数々の編曲を手がけた、あの萩田光雄が……。
マスター:岩崎宏美のデビュー曲『二重唱(デュエット)』の編曲を手がけた萩田は、『思秋期』も依頼を受けたんだけど、そのアレンジがNGになったという。
お客さん:名編曲家にNG?
マスター:実は『思秋期』を聞いたとき、あまりにも完成度が高かったため、メロディーを口ずさみながら涙してしまった。「これは余計なことはしていけない」と、編曲家として後ろ向きな気持ちになり、思い切ったアレンジができなかったそうだ。
お客さん:そんなことがあるんだね。
マスター:結局、作曲の三木たかしが改めて編曲して世に出した。
お客さん:名編曲家をも涙させてしまうとは…本当の名曲だったんだね。
おっ、次の曲は……。
文/安野智彦
『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)などを担当する放送作家。神田で「80年代酒場 部室」を開業中
参考:BSテレ東『武田鉄矢の昭和は輝いていた』(2020年11月13日)/BSテレ東『ふたつの歌魂 作詞家・阿久悠×作曲家・三木たかし』(2020年11月8日)/萩田光雄『ヒット曲の料理人 編曲家・萩田光雄の時代』(リットーミュージック)