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彦摩呂「料理が人生を潤してくれる」食レポの原点は “おかんの料理”

エンタメ・アイドル 投稿日:2021.05.14 16:00FLASH編集部

彦摩呂「料理が人生を潤してくれる」食レポの原点は “おかんの料理”

東京・大久保の「季節の和食 うま煮や」にて

 

「この煮込みがめっちゃくちゃうまいんですわ、ホンマに。ここは丁寧にもつの下処理をしてるから、匂い消しのために強い味つけの必要がないの。

 

 最低限の上品な味つけで、もつのうま味を最大限に引き出してるんです。こんなん、よそでは食べられへんでしょ、ね」

 

 お馴染みの明るい声が店内に響く。東京・大久保の雑居ビルにある「季節の和食 うま煮や」は、7年前の開店以来、彦摩呂が足繁く通うお気に入りの店だ。

 

 

「(店主の)佐藤ちゃんとはもう長いつき合い。以前彼が働いてた大衆割烹で出会って、佐藤ちゃんの料理にホレ込んでしまってね。もう10年以上、佐藤ちゃんが店を移るたびに追いかけてきたんです。

 

 日本中いろんなところへ行って、美味しいもん食べて、それでもやっぱここに戻ってきてしまう。なんかね、ほっとするんですよ」

 

海老真丈、もつ塩煮込み、銀鱈の煮付け


 食リポ歴30年。数多くの場所へ行き、味を伝えてきた。だが、デビュー当時はアイドル。秋元康プロデュースによるユニット「幕末塾」のメンバーだった。デビューから瞬く間に人気者となり、多くの映画やドラマに出演した。

 

22歳でデビュー


「順調にお仕事さしてもらって、事務所も彦摩呂は俳優としてやっていくんやと思ってたはずなんですよ。それが突然、『情報バラエティをやりたいんです』と言い出したわけです。事務所も驚きますわね(笑)。

 

 俳優の仕事も好きやったんですけど、やっぱり大阪の庶民育ちの何かがニョキニョキと出てきてもうたんですね。

 

 自分、昔から人懐っこい子供やったんです。いろんな人に会いたい、いろんなところに行って、いろんな人と話したい、情報番組のリポーターさんみたいな仕事がやりたいんですってお願いしたんです」

 

■「箸で上げたら2秒待つ」独学で食リポを研究

 

 最初は事務所も反対したが、熱意に押され、お試しとしてリポーターの仕事をさせることに。

 

「いちばん最初は、忘れもしません、『山田邦子の旅くらぶ』という、日曜お昼の生放送。(東京の)日暮里にある駄菓子問屋さんからの中継です。

 

 そこでお菓子を袋から出して、割った断面をカメラに見せたりだとか、自分で工夫していろいろやったんですよ。まあこれがね、自分で言うのもアレやけど、上手やったんです(笑)。

 

 プロデューサーさんも、『このコはテレビを観てる人のことをちゃんと意識してる、伝わる』と言ってくれはって」

 

 それがきっかけとなり、仕事は徐々にリポーターがメインに。いつの間にか、食リポ界の第一人者となっていた。

 

「どうやったら美味しさが伝わるんやろ、と番組の編集まで細かく研究しましたね。

 

 たとえば、食べ物を持ち上げてすぐに口に入れてしまっては、カメラさんが追いつかへんのです。食べ物の寄りの画を撮ってますから。

 

 だから、食べ物を持ち上げたらそこで2秒はそのままです。2秒待ってから口に運ぶとちょうどええんです。料理が運ばれてきたら、ただ『美味しそうですねえ』と言うだけじゃなく、軽く手を添えて言うと、よけいに美味しそうになる。

 

 お鮨や刺身なら、ちょっと回して角度を変えて見せると、魚の脂がキラキラして美味しそうに映る。トンカツは左から3切れめを見せる、B級グルメは目を開く、逆に高級グルメは目を閉じる、とかね(笑)。

 

 美味しそうに見えたら、作った人も喜びますやん。テレビを観た人が『ああ食べたいな』と思ってくれたら嬉しいしね」

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