5月11日放送の『幸せ!ボンビーガール』(日本テレビ系)で、今田耕司さんが若手時代に住んでいたマンションをめぐるロケをされていました。
今田さんが上京して3軒目に住んだ中野区内のマンションを訪れると、そこには若手芸人ハナコの菊田竜大さんとハルカラの和泉杏さん夫婦が住んでいました。
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それを知った今田さんは「いや~、やっぱり中野に住むと芸人は仕事が増えるという伝説は、いまも本当でした」と感想を漏らしていました。
今田さんが「伝説はいまも本当」と言ったのは、昔もう一軒、同じ中野区内のマンションで、住むと仕事が増える出世部屋が存在したからです。伝説にあやかり、芸人が代々引き継いでいきました。
その出世部屋に最初に住んだのは木村祐一さん。しばらくして、全国放送の番組に出演するなど仕事が増えたことで、木村さんは引っ越すことに。
その次に住んだのが、東京に進出したものの、まったく仕事がなかった雨上がり決死隊の宮迫博之さん。その当時のことを宮迫さんにお聞きしました。
「東京で初めて借りた部屋がこのマンションなんです。僕が部屋を借りるタイミングで木村さんが『引っ越す』と言ってたので、『その後に入っていいですか?』とお願いして。
そこから2、3年住みましたね。そうそう、結婚を決めたのはその部屋に住んでいるときなんですよ」
結婚を機に引っ越すことになりましたが、その部屋で決めた結婚が、後に宮迫さんを恐妻家キャラとして人気者に押し上げました。
そして、その次に住んだのが宮川大輔さんです。宮迫さんが大輔さんに紹介した理由は?
「マンションの大家さんが木村さんの時から芸人を応援してくれてたんですよ。2、3カ月家賃が払えなくても、何も言わず待ってくれたり。
僕がその部屋を出るときも、大家さんが『誰か後輩で住む人がいたら敷金礼金もいらないから住ませてあげて』と言ってくれたんです。それで大輔を紹介しました」
大輔さんも住み始めた当初は仕事があまりなく苦労していました。しかし『人志松本のすべらない話』(フジテレビ系)をきっかけにブレークを果たします。
ちなみに木村さんが出世部屋の次に引っ越した先こそ、前述の今田さんが住んで、現在は菊田さんが住んでいる、あの中野のマンションなんです。
今田さんと木村さんが住んでいたマンションは出世マンションの第2ステージといったところでしょうか。
現在も住んでいるハナコの菊田さんが、どのように躍進していくのか楽しみです。
取材・文/インタビューマン山下
1968年、香川県生まれ。1992年、世界のナベアツ(現・桂三度)とジャリズム結成、2011年に解散。同年、オモロー山下に改名し、ピン活動するも2017年に芸人を引退。現在はインタビュアー・ライター・お笑いジャーナリスト