逃げ惑う人々、巨大な影の来襲、新国立競技場の背後に炎……。ニュースの中継が叫ぶ。
「このままでは……東京オリンピックが……!!」
漫画家・浦沢直樹(61)が『週刊スピリッツ』(小学館)連載中の最新作『あさドラ!』で冒頭のシーンを描いたのは、2018年10月。五輪危機は浦沢によって “予言” されていた――。
【マンガあり】浦沢作品で“予言”されていた「東京五輪危機」新国立競技場の背後に炎が!
「また、やってしまいましたね(笑)」(浦沢・以下同)
当時、世間は東京五輪の開催を指折り数えて待ち望んでいた。新型コロナウイルスは、影も形もないころだ。
浦沢の “予言” は、初めてではない。映画化もされた約20年前の大ヒット作『20世紀少年』(小学館)では、新型コロナウイルス出現を予知するような、ウイルス蔓延による世界的な危機が描かれている。
「たしかに作中では途中からみんなマスクをしたり、ワクチンの争奪戦が起こったり、そんなシーンを描いています。
ただ僕は、予言なんか一回もした覚えは、もちろんないです。描いたものが何度も現実になっちゃっているのは、僕自身も不思議で。だから『BILLY BAT』(ストーリー共同制作 長崎尚志/講談社)では、漫画家が “見えない誰か” に描かされているような物語を描いてみました。
でも、『世界がこんなことになってしまうとは』と思いながら、まったく想像していなかったかというと、それもまた違うのかもしれません。僕は、物心ついたころから漫画を描いてきました。フィクションのことをずっと考え続けるなかで、『実際に起こり得る可能性』も同時に考えてきたんです。そういうことが、たまたま現実と合致してしまったんでしょうね」
長年、第一線で物語を描き続ける浦沢に、創作の極意を訊いた。
「出来事の中にキャラクターを投じて、彼らの行動を見守りながら描き留めていくイメージです。『あさドラ!』でいえば、物語の始まりは、1959年の伊勢湾台風。12歳の主人公・浅田アサが数々の出来事に遭遇したら、どうするか……ということからですね」
浦沢の物語を動かすキャラたちは、どう生まれるのか。
「僕には親友と呼べるような人は少ないのですが、通じ合っている友人がたくさんいるような気がしています。それは、僕が描いたキャラクター、あの人たちがいるからなんでしょうね。作中で出てこなくとも、彼らの過去から現在に至る人生の歩みを全部考えていて、生きた人間みたいに感じているんですよ」
それゆえ浦沢自身、漫画の中でキャラが動きだして初めて、そのキャラの “人となり” に気づかされることも少なくないという。
「たとえば『あさドラ!』に初登場シーンでアサを誘拐してしまう春日(晴夫)というキャラがいるんですが、もっと荒っぽい人なのかなと思っていたら、高倉健さんみたいな渋さと落ち着きを見せてくれる。
自分で描いているのに不思議なんですけど、『ここでこうして』と言ったところで、キャラにもそれぞれ生活というか、“人生スケジュール”があって、『その日はまずい』って言われたり(笑)。だから、みんなのスケジュール合わせが、僕の仕事みたいなところがありますね」
では、浦沢作品の大きな魅力のひとつである “伏線” は、どのように作られるのか?
「キャラたちが動いて生まれる『ドラマ』が、勝手にうごめいているだけですね。僕は、それに “気づく” だけ。
作品を描くとき、僕はメッセージ性やテーマなんて意識しません。昔から頭の中に、“おもしろ判定装置” みたいなものがあって、そこで『おもしろい!』と判定されたものを描いてるだけです。忘れるようなものはおもしろくないと思うので、メモも取りません。
よく、『浦沢はロジカルに描いている』なんて言われますが、全然ですよ(笑)。ただ、おもしろいと思ったものを描いているだけです」
さて、東京五輪が今後、中止ということになったら、『あさドラ!』への影響は?
「開催・中止という結論そのものよりも、その賛否に揺れる人々の感情の変化を掴むことのほうが重要です。僕は、いろいろな状況を生きる人々の『人間ドラマ』を描きたいんです」