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名曲散歩/ジュディ・オング『魅せられて』スポンサーの意見は「歌声はいらない」
東京・神田の古いビルの2階。そこには夜な夜な紳士淑女が集まり、うんちくを披露しあう歌謡曲バーがあるという。今宵も有線から、あの名曲が流れてきた。
お客さん:お、このイントロはジュディ・オングの『魅せられて』。イントロの素晴らしさ、歌詞のきわどさ、そして衣装のあでやかさ、歌謡史上に残る名曲だ。
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マスター:1979年の日本レコード大賞受賞曲。作詞・阿木燿子、作曲・筒美京平、プロデュース・酒井政利という精鋭たちによる曲、もともとはワコールのCMソングとして作られたものだった。
お客さん:覚えているよ。エーゲ海の青い海をバックに、下着姿のモデルが微笑むやつ。そこにジュディ・オングの歌声……。
マスター:ただ、当初は企業側から「ジュディ・オングの歌声はいらない」と注文がついた。
お客さん:うそでしょ?
マスター:当時、ジュディ・オングは時代劇で農家の娘役をしていたこともあり、商品イメージに合わないから、というものだったという。
お客さん:うーん、なるほど。
マスター:プロデューサーの酒井氏は「彼女の声質と英語の発音は、余人をもって代えがたい」と粘り強く交渉。結果、CMに彼女の名前は出さないことでオンエアすることになった。
お客さん:名前を伏せたことで、逆に注目を浴びることになったよね。
マスター:そう、あの歌声は誰なのか! とレコード店に問い合わせが殺到。結果、累計200万枚のセールスを記録する大ヒットとなる。
お客さん:なによりも素敵だったのはあの衣装。
マスター:そもそものヒントは、前年に来日したダイアナ・ロスのショーをジュディ・オングが見たことだったという。そのとき着ていた白いドレスに仕掛けがあって、ドレープが入った袖を2人のダンサーが引っ張ると、真四角になった。
お客さん:映画のスクリーンのように?
マスター:そう。そこに、来日してからのリハーサル、コンサートに至るまでの映像が映し出されたという。
お客さん:いまのプロジェクションマッピングだ。
マスター:そこから孔雀の羽のような衣装を思いつく。ただ、ダンサーがいないので自分で広げることにした。そして、そこにエーゲ海の映像を流そうとした。
お客さん:日本版ダイアナ・ロスだ!
マスター:ところが、なんと、映像が間に合わなかった。そこで照明さんが苦肉の策でバックライトを当てたところ、これが大成功!
お客さん:日本中の子供がシーツやカーテンを体に巻いてマネしたよ。まさに “ケガの功名” だったんだね。
おっ、次の曲は……。
文/安野智彦
『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)などを担当する放送作家。神田で「80年代酒場 部室」を開業中
参考:鈴木啓之『輝く!日本レコード大賞公式インタビューブック』(シンコーミュージックエンターテイメント)、酒井政利『誰も書かなかった昭和スターの素顔』(宝島社)