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「差別」「笑い」の境界線は・・・米国で活躍する日本人コメディアンが語る「どこまで攻めるか、毎日本気で闘っています」

エンタメ・アイドル 投稿日:2021.06.20 11:00FLASH編集部

「差別」「笑い」の境界線は・・・米国で活躍する日本人コメディアンが語る「どこまで攻めるか、毎日本気で闘っています」

舞台に立つときは、必ずオーダーメイドのスーツで立つSaku Yanagawa

 

 新型コロナウイルス感染拡大の猛威、大統領選挙、そしてブラック・ライブズ・マター運動で、2020年から大きく揺れているアメリカ。

 

 2021年1月にはバイデン政権が誕生。このころ、アメリカは新規感染者数が1日約30万人、累計では感染者数が3200万人以上、死亡者数が58万人以上と桁外れだった。バイデン大統領は100日間で1億回ワクチンを打つと、就任前に基本方針を掲げていたが、なんと92日間で2億回を達成し、4月中旬から新規感染者数は減少傾向が続いている。今では観光客にも打てるほどの余裕がある。

 

 

 しかし、コロナ禍が原因でアジア人への差別や襲撃事件、暴動などが勃発し、長年問題になってきた人種差別や格差社会における分断が、ますます顕著なものとなっている。そんななかシカゴのコメディクラブで、スタンダップコメディアンとして奮闘している日本人のSaku Yanagawa(29)は、こんなジョークで観客を笑わせる。

 

「アジア人ヘイトはやめるべきだね。だって、これは僕らが数千年もしてきたゲームなんだ。頼むよ、放っといてくれ」

 

 スタンダップコメディアンのステージは、1時間半ほどのひとつの公演に5~7人が一人10~15分ずつ出演するスタイルと、看板コメディアンになって前座の後に1時間ほど話すヘッドライナーショーのスタイルがある。これまでは、有名になってアカデミー賞授賞式などの司会をしたり、大作映画で主演を務めるというのが成功の証しとされてきた。だが今は、Netflixで1時間の冠番組を持つのがステータスだ。

 

 Sakuは大阪大学在学中の2014年、テレビを見て「これはおもろい!」と直感的に感じたニューヨーク在住の日本人スタンダップコメディアンRio Koike(小池良介)に会いに行く。そこでコメディクラブの舞台に立ったことから、その道に進むと決意。「ブルース・ブラザース」を生んだシカゴを拠点に、全米の舞台に年400本以上出演する。スタンダップコメディアンでアーティストビザを取得したのは、日本人ではどうやら彼が初らしい。今ではヘッドライナーを務めるまでになった。

 

 英語のネイティブスピーカーではない彼が、アメリカでは州や人種によって違う笑いを引き出すのは並大抵のことではない。ましてや、アジア人のコメディアンは少なく、冒頭から客が次々トイレに立ったり、ネタによってはビール瓶が飛んでくることも。スベった時は、後でとことん分析するのが信条だ。

 

 コロナ禍の約1年間、舞台にはあまり立つことができなかったが、昨年一度出た給付金1200ドルと、原稿執筆や英会話アドバイザーなどの収入でしのいだ。

 

 2021年5月に入り、客席数を減らしてようやく街のコメディクラブが再開。ワクチン接種を終え、エンタメに飢えていた人々が戻ってきた。コメディアンたちも続々押し寄せ、「ノーギャラでもいいから」と、我も我もと出演を競う状況だ。

 

 Sakuはなぜ、日本ではなく、それほど競争の激しいアメリカで勝負するのか。
「アメリカのコメディクラブは、自分と違う視点の人に出会える豊かな場所。そこでマイク1本で、自分の視点を入れて笑いを届けたい。自分にまったく興味のない人を笑わせるという醍醐味がある」

 

 宗教や人種のネタはNGとされる日本と違って、アメリカではむしろ自身のアイデンティティや考えを強く出した「攻めた」笑いが求められる。だが、笑いの現場も年々変わってきた。かつての日本と同様に、人種やジェンダーなどの特徴をステレオタイプ的に笑いにするネタ、たとえば言葉の訛りモノマネやアジア人の目の細さをジョークにしたネタなどは、以前は鉄板だったが、今は世界的にアウトになっている。

 

 肥満いじりや薄毛いじりも「ボディ・シェイミング」といってNG。自身のことを自虐的に笑いに変えるのはなんとかセーフだが、他人を侮辱して貶める笑いでは、芸人に限らず、キャリアを失いかねない。

 

 誰もが傷つきやすい時代。だからこそ、日本でもぺこぱのような誰も傷つけない笑いが求められているのだろう。こうした傾向は日々顕著になっており、先日もある番組内でマツコ・デラックスが、「私の発言は全部、なんとかハラスメントがつくわよ」と悩みを漏らし、ダウンタウンの松本人志も、「何年間かこの世から離れておきたい」と言っていた。

 

「自分は、“アジア人の見分け方”といった自虐ネタをやっていたんですがやめました。日本人やアジア人差別を助長することに繋がるかもしれず、意味がないなと思って。ルールブックがないなかで、何がアウトで何がセーフか敏感になって、つねに自分でアップデートしなくてはならない。でも、当たり障りのない笑いは健康的すぎて、かえって恐怖を覚えます。アメリカでも、フリップ芸などをやるコメディアンが出てきました」

 

 #MeToo運動などによる、“キャンセルカルチャー”によって過去の言動が炎上する事例も増えた。大人気コメディアンのケヴィン・ハートは、10年ほど前の同性愛者嫌悪ジョークで、2019年のアカデミー賞授賞式の司会を辞退するはめになった。

 

「どこまで攻めるか。批判覚悟で笑いを取りに行く姿勢に本気度と信念があれば、無自覚でしゃべるのとは違うことは伝わります。クラブのオーナーもそれをわかってコメディアンを起用してくれているので、ありがたいですね。お金と時間とソウル(魂)をお客さんが捧げてくれているのだから、こちらも毎回、本気で闘っています」

 

 たとえば、Sakuのネタのひとつに、ワーカホリックな日本人をネタにしたものがある。
「アメリカにはホワイトクリスマスがあって、ブラックフライデーがあるのに、なんでアジア人のための休日はない? 僕らアジア人は勤労感謝の日をもらおう」

 

 一度、こんなことがあった。舞台に立つや、観客から「ヘイ、コロナ!」と声をかけられた。これに、いやな顔をせず、どう料理して笑いで切り返すか。Sakuはバーの店員に向かって大声で言った。

 

「あそこの人種差別主義者のお客にコロナビールを5本持っていってやって。お勘定は誰が払うかって? メキシコさ」

 

 当時のトランプ大統領がメキシコとの国境沿いに、メキシコに費用を負担させて壁を建てようとしていたことに引っ掛けて返したジョーク。スタンディングオベーションが起こった。

 

 また、こんなこともあった。コメディアン仲間でソフトボールチームを組んで試合をしたとき、相手チームの白人メンバーがSakuにこんな皮肉を言ったのだ。
「ウイルスをアメリカに持ってきてくれてありがとう!」

 

 すると、味方チームの白人メンバーが「Sakuに謝れ!」と本気で怒りだした。そしてSakuに言った。「傷ついてないか? 大丈夫か? お前、もっと怒れよ」。

 

「別に気にならなかったけど、もっと怒れと言われて初めて考えました。『別にいいよ』と言ってしまうことがいかに危険なことか。これまで差別と闘ってきたアジア人全体に失礼な発言なんだから、発信できる立場にある自分がどうするべきかは重要だって」

 

 2021年5月には、人気白人コメディアンのトニー・ヒンチクリフがコメディショーで司会を務め、中国系コメディアンを紹介するときに人種差別とわかる侮蔑の単語を口にした。その模様がTik Tokで流れるとたちまち大炎上。彼は次の大きな仕事を降りるはめになった。それについてコメディアン仲間がSakuに、「どう思った? アジア人としての見解を聞かせてくれ」と聞いてきた。

 

 日本にいればスルーしてしまうようなことでも、アメリカでは「お前はこの問題に向き合わないのか」と姿勢を問われる。私たちにも、誰かが差別的なことを言ったり言われたりしたときについ笑ってしまい、自分の無自覚ぶり、無神経ぶりにはっとしたことがあるだろう。学校や会社でのいじめでも、このような「スルー」をする側にも大きな問題がある。「それを笑いで気づかせてくれるのが、コメディの持つ力」とSakuは言う。

 

 シカゴは、姉妹都市でもある大阪によく似た街だが、しょっちゅう銃撃戦があるような犯罪多発地域「サウスサイド」もあり、Sakuはそうした場所にあるバーへもどんどん出演する。

 

「そこへ飛び込んでいって、ウケたときは気持ちいい」
 目標のひとつは、3年以内にNetflixで冠番組を持つこと。今後はバイデン大統領の政策や動向もどんどんネタにしていく予定だ。

 

取材&文・西元まり

 

Saku Yanagawa
シカゴを拠点に活動するスタンダップコメディアン。これまでヨーロッパ、アフリカなどの10カ国以上で公演をおこなう。シアトルやボストン、ロサンゼルスのコメディ大会に出場し、日本人初の入賞を果たす。日本でもフジロックフェスティバルに出演。2021年、Forbesアジアの選ぶ「世界を変える30歳以下の30人」に選出。著書に『Get Up Stand Up! たたかうために立ち上がれ!』(産業編集センター)。YouTubeチャンネル「Saku‘s Radio from Chicago」を配信中

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