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尾美としのり、幼稚園の仮病で始まった芸能人生「NGが一回出ると落ち着く(笑)」

エンタメ・アイドル 投稿日:2021.06.23 16:00FLASH編集部

尾美としのり、幼稚園の仮病で始まった芸能人生「NGが一回出ると落ち着く(笑)」

「宝来」東京・中目黒にて

 

「ここに来たら、まずは餃子とビールです」
 中華料理と書かれた赤い暖簾をくぐると、尾美としのりは嬉しそうに話して席に着く。「宝来」は、尾美が10年以上も通う地元の町中華で、そのメニューは100を超える。

 

 

「店主の(篠田)順子さんとは、目黒区と渋谷区で区が違うので学校は違いますが、同学年のよしみ。小学校の後輩に誘われてきたのが最初で、10年以上のおつき合いです。このあたりには小学校の同級生がいるので、ここでよく会ったりします」

 

「宝来」は尾美にとって「日常に戻る場所」だと話す。

 

「だいたいは二日酔いの日、女房と一緒に昼間に来ます。まずは餃子とビール。それから『ほうれん草玉子炒め』を食べて、ビールを2杯めにするか焼酎に替えるか。

 

 最後に『激辛味噌ラーメン』を食べます。とにかくこれが辛い。僕はあまり辛いのが得意なほうではないんですが、これを食べてすっごい汗をかいて、またお酒を飲んで(笑)。それから家に帰って昼寝をして、犬の散歩に行く。日常に戻るための “寄港” というよりは、“ドック” ですね」

 

 子役としてこの世界に入って40年以上になるが、きっかけは意外な理由だった。

 

「幼稚園には友達もいたし楽しかったんですが、あるとき、『なんで同じ時間に同じ場所に行くの?』って思ったら、どんどん行くのが苦痛になって。仮病を使って、こたつの中で体温計をこすったり水銀を引っ張り出して怒られたり(笑)。

 

 でも子供ってそういうことをやっていると、本当に熱が出たりするんですね。病院で診察してもらうと、先生が母に『息子さんの好きなことをやらせてあげなさい』と。

 

 ちょうどそのころ、友達が幼稚園を休んだので先生に聞くと『コマーシャルの撮影があるから』って言われましてね。それで母に『テレビに出たい』と言って、友達が入っていた劇団ひまわりに入れてもらったんです。

 

 子供心に『幼稚園に行きたくない』とは言えなかったんでしょうね。本心はテレビに出たいではなく、幼稚園を休みたかった(笑)」

 

 こうして尾美の役者人生は始まった。だが、レッスンには通わず、オーディションもたまに受けては落ちての繰り返し。

 

「いろんなことから逃げ回ってばかりいた」という彼の最初のターニングポイントが、映画『転校生』(1982年)への出演だった。

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