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【坂本冬美のモゴモゴ】『桜の如く/秘恋~松五郎の恋~』母の一喝で、私は被災地に向かった

エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2021.07.03 11:00 最終更新日:2021.07.03 11:00

【坂本冬美のモゴモゴ】『桜の如く/秘恋~松五郎の恋~』母の一喝で、私は被災地に向かった

被災地で歌う坂本冬美

 

 デビュー25周年を記念して発売されたのが、このシングル『桜の如く/秘恋~松五郎の恋~』(2011年発売)です。

 

 当時は気づきませんでしたが、代表曲『夜桜お七』の桜と、デビュー曲『あばれ太鼓』の松五郎さんが2つ揃って並んでいるなんて……もしかしたら、ずっとわたしの成長を見守り続けてくださっている作詞家、たかたかし先生のお心遣いかもしれません。

 

 

 変化することを恐れず、新しい要素を加えながら、でも『また君に恋してる』で、坂本冬美を知ってくださった方にも聴いていただけるような重すぎない演歌を――。

 

 そんなリクエストに応えた、ノリのよい人生の応援歌に仕上げてくださいました。この年、わたしは1月(福岡・博多座)と6月(大阪・新歌舞伎座)で、あやちゃん(藤あや子)と2人で座長公演を務めさせていただきました。

 

 舞台は観に来てくださった方に、日常を忘れて楽しんでもらえる空間です。ただ……6月の舞台は、わたしもあやちゃんも、そしてお客さんも、心から楽しむという気持ちにはなれなかったような記憶があります。そのわずか3カ月前に起こった、東日本大震災を忘れることができなくて……。

 

『桜の如く』は、日本人の心の花である桜をテーマにした楽曲

 

■被災地で歌ったことがよかったのかどうか……

 

――わたしも何かしなくちゃ。

 

 震災後、とっさに思いついたのは、まず無駄な電気を使わないことでした。次に、ペットボトルの水を買うのをやめ、水道水に代えること。困っている方のところに、少しでも多く届くようにと祈りを込めて。

 

――まだ元気だった母から、電話がかかってきたのは、そんな小さな努力を積み重ねているときでした。

 

「○○さんは偉いわねぇ、義援金を○○円も送ったんだってよ」

 

 で、何日か後にまたかかってきて――。

 

「聞いた? ○○さんは、○○円送ったみたいよ」

 

 携帯電話を握り締めたまま、無言でいるわたしに、最後は痺れを切らしたのでしょう。

 

「冬美、お前は何をやっているんだ」と一喝。続けて「裸一貫で和歌山から出て行って、皆さんにここまで大きくしてもらったのを忘れたのか!? いまさら何が怖いんだ!」とまくし立てられました。

 

 それまで、一度だってそんなことを言ったことのない母が……です。とてもじゃないけど、水道水にしたとか、電気を使わないようにしているとかなんて言えません。同時に、自分はなんてちっちゃい人間なんだと、情けなくなってしまいました。

 

 このときと、半年後に起こった地元・和歌山を襲った水害の二度、自分の中では精いっぱいの義援金を持って被災地を訪ねました。母が言ったように、文字どおり裸一貫に戻りましたが、また頑張ればいいだけのことです。

 

 ただ……ひとつだけ……。

 

 被災された皆さんの前で歌を歌ったことは、時間がたったいまでも、あれでよかったのかどうか……。

 

「元気が出た」と言ってくださった方もいました。涙を流しながら聴いてくださった方もいました。でも……。歌なんて聴く気分じゃないと、布団をかぶったまま、横になっていた方の姿も忘れられません。

 

 当たり前です。最愛のご家族を亡くされた方も、自分の命以外、すべてを奪われた方もたくさんいらして……。そこへ、土足で上がり込んで歌を歌う――。

 

 それがよいことなのかどうか。もしかすると、自己満足だったんじゃないか……。考えても、考えても……答えが見つかりません。

 

さかもとふゆみ
1967年3月30日生まれ 和歌山県出身 『祝い酒』『夜桜お七』など数多くのヒット曲を持ち、『また君に恋してる』は社会現象にもなった。最新シングル『ブッダのように私は死んだ』を含む、35周年記念ベスト『坂本冬美35th』が発売中

 

写真・中村功
構成・工藤晋

 

(週刊FLASH 2021年7月13日号)

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