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千鳥の漫才、最初は岡山弁じゃなく大阪弁だった…地方芸人の「方言どうするか」問題

エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2021.08.16 16:00 最終更新日:2021.08.16 16:18

千鳥の漫才、最初は岡山弁じゃなく大阪弁だった…地方芸人の「方言どうするか」問題

 

 現在レギュラー番組を10本抱え、2021年6月に発表された「タレントパワーランキング」(株式会社アーキテクト)芸人部門でサンドウィッチマンに続く第2位に選ばれた千鳥。岡山弁と独自のワードセンスが相まった2人のトークが爆発的にウケています。

 

 岡山弁のイメージが強い千鳥ですが、最初は大阪弁で漫才をやっていたと、以前、千鳥を取材したときに聞きました。それはどうしてかというと、千鳥がデビューした20年前の大阪のお客さんは、大阪弁以外は受け付けない空気があったからです。30年前に大阪でデビューした香川県出身の筆者も、岡山弁とよく似たさぬき弁から大阪弁に直しています。当時の関西の芸人界では、関西以外の地方出身者も大阪弁を話すのが通例でした。

 

 

ノブ「最初は『大阪に合わせに行かないと』と思って、1回目の漫才だけ大阪弁でやったんですよ。でも僕ら高校からずっと一緒なのに、急に大阪弁で漫才やって2人で照れちゃって。しかも全然面白くなくて、めっちゃすべったんですよ。それで『やめよう』ってなって岡山弁になりました」

 

大悟「地元に帰ったときに『こいつ大阪弁になってるやん』というのも、お互いイヤで」

 

 デビュー当時から大阪で一緒に活動していた笑い飯からのアドバイスもあったと言います。

 

ノブ「笑い飯さんから『わざわざ言葉を直さなくても千鳥のその言葉なら全然わかるんちゃう?』って言われたので、岡山弁でやってたんです。でも、伝わらないことがめっちゃありましたね。大悟が違う方向に行くボケをしたとき、大阪弁は『そっちには、行かへんやろ!』ですが、岡山弁は『そが~なとこ、いかま~が!』って言うんですよ。だからそれはさすがに笑い飯さんに『何を言ってるかわからん』と言われました(笑)」

 

 一方、福岡県出身の博多華丸・大吉さんもまた、25年ほど前に大阪で洗礼を受けたと聞きました。

 

華丸「今は変わったけど、昔は『関西弁じゃないとダメだ』と言われていたから。『オールザッツ漫才』(MBS、関西で30年続いている全国の吉本芸人が集う年末特番)とかは、俺たち完全に浮いてたね。客席に関西の芸人さんが座ってて。なんか値踏みみたいな見方をするんで、ウケんし」

 

大吉「客席で見ている関西の芸人さんは『こいつらで笑うか!』じゃなくて、『名前は知ってるけど、この人たちはどんなもんなん?』って感じでみんなが見るから。お客さんも誰も笑わん。ホント、ネタ見せ(オーディション)みたいでした」

 

 当時は、お客さんだけでなく吉本興業の社員さんも方言は認めない考えだった。

 

大吉「デビューしてすぐの頃、吉本の社員さんに『由緒正しいNGK(なんばグランド花月)には博多弁のお前らみたいなもんを立たすわけにはいかん。本格派の漫才師か落語家さんか喜劇人しか出さない』って。でも今、NGKの出番を見たら、もう中学生だ、くまだまさしだ、大西ライオンだ。『これはどういう代わりようなん? 聞いてたのと違うな?』と思って(笑)」

 

 千鳥は東京進出の際も、方言をどうするか考えたと言います。

 

ノブ「東京では『さすがに岡山弁は通用しないんやろな』と思ってたんですよ。そしたら、東京で華丸・大吉さんを見たら『ばい、ばい、ですばい、ですばい』と言ってるから(笑)。すごい猛者がいらっしゃって」

 

 東京で関西弁以外の方言を使えるようになったのは華丸・大吉さんの存在が大きかったそうです。

 

ノブ「方言というものを東京の人になじませてくれた先駆者じゃないかなと。だから僕らが東京でこうやって岡山弁でやれてるのも、本当、華丸・大吉さんのおかげじゃないですか」

 

 華丸・大吉さんが東京進出したのは2005年。その当時はお2人も使う言葉でいろいろ悩まされたと言います。

 

大吉「最初は標準語でやったり博多弁でやったりと、いろいろ考えてやりました。でも結局、僕らは栃木弁のU字工事を見て『あれ、これでいいんだ』と思って。だから僕ら、実はU字工事に影響を受けてるんです(笑)」

 

華丸「俺たちは地元ネタも、かんぴょうを明太子に変えてるだけ(笑)」

 

 華丸・大吉さんいわく、東京で関西弁以外の方言を使えるようにした先駆者はU字工事だそうです。

 

インタビューマン山下

1968年、香川県生まれ。1992年、世界のナベアツ(現・桂三度)とジャリズム結成、2011年に解散。同年、オモロー山下に改名し、ピン活動するも2017年に芸人を引退しライターに転身。しかし2021年に芸人に復帰し現在は芸人とライターの二足のわらじで活動している

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