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【坂本冬美のモゴモゴモゴ】『大志』を歌うと思い出す、父の心配そうな顔

エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2021.11.13 06:00 最終更新日:2021.11.13 06:00

【坂本冬美のモゴモゴモゴ】『大志』を歌うと思い出す、父の心配そうな顔

ニューオリンズにて

 

『大志』(1997年発売)は、都はるみ先輩を国民的演歌歌手に育てられた作曲家の市川昭介先生が、初めてわたしに書いてくださった作品です。

 

 師匠の猪俣(公章)先生が豪放磊落で、どちらかというといい加減(先生、ごめんなさい)なのに比べ、市川先生は温和で教え方も丁寧で。

 

 

 歌いだしを大事にされ、男歌だからといって、がなるように歌うのではなく、ひとつひとつの言葉を優しく置いていくように歌いなさい……と教えてくださったのも市川先生です。

 

 先生に初めてお会いしたのは、デビューのきっかけとなったNHKの『勝ち抜き歌謡天国』でした。

 

 この番組は、作曲家の先生お一人とペアを組み、15分のレッスンを受け、本番で披露するという形式でおこなわれるのですが、そのなかに猪俣先生と市川先生もいらっしゃって。

 

 番組が最終回ということもあって、市川先生は15分間みっちりとレッスンされていたのに対し、猪俣先生のレッスンは5分くらい。それも「おぅ、いいぞ、いいぞ!」とか「そこ、もっと感情をこめて歌え」とかで。本当に、これで大丈夫かなと不安になったのを覚えています(苦笑)。

 

 しかも、いざ本番というときに、猪俣先生が……いない。

 

 え~~~~~っ!? です。

 

 あのとき、ボー然とするわたしの横で、ボソリと呟いた市川先生の言葉は、今も忘れることができません。

 

「あらら、猪ちゃんが、また血迷っちゃった」

 …………。

 

 まったく、ウチの師匠は、モゴモゴモゴ……。

 

 初めての出会いから11年。市川先生からいただいた人生の応援歌『大志』は、今のわたしにとって、なくてはならない大切な一曲です。ただ……あの年、1997年に起こった出来事を思い出すと、今も静かな哀しみが足元から這い上がってきます。

 

■「お父ちゃんがいない」という母からの電話

 

 1997年のスタートは読売テレビの『坂本冬美ニューオリンズを行く』でした。

 

 現地では “お化け屋敷” として知られるアパートメントに1週間寝泊まり。『夜桜お七』の英語バージョンを歌ったのも、このときが最初で最後です。

 

 3月18日には、テレビ大阪開局15周年記念ドラマ『がんばりや!~平成版どてらい女~』で、人生初となる2時間ドラマの主役を務めさせていただき、4月はほぼ1カ月間、6度めの座長公演。

 

 仕事、仕事、また仕事で、体はくたびれていましたが、同時にやりがいも感じていました。

 

 それなのに……。

 

 わたしの世界が、一瞬にしてすべての色を失ってしまったのは、暑い夏が終わった10月のとある日のことでした。

 

 忍び寄ってきた闇が、その影をあらわにしたのは「お父ちゃんがいない」という母からの電話です。釣りに行くと言って出かけたまま、帰ってこないというのです。

 

 2日たち、3日が過ぎ、一週間たっても、父からの連絡は途絶えたままです。

 

 母から電話がかかってきたその日にたまたま届いた写真……。ひと月ほど前にゴルフ場で撮った……心配そうにわたしを見つめる顔が、頭の隅にこびりついて離れません。へんなことを考えちゃいけないと思いながら、思いは悪いほう悪いほうへと傾いていきます。

 

 そして……。

 

 ダイバーさんが見つけてくれたのは、車ごと海の底にのみこまれた父の姿でした。『大志』を歌うたびに、父の心配そうな顔と、市川先生の優しそうな笑顔が、今も心に浮かびます。

 

さかもとふゆみ
1967年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』など数多くのヒット曲を持ち、『また君に恋してる』は社会現象にもなった。「情念POPS」をセレクトして制作された最新コンセプトアルバム『Love Emotion』が好評発売中!

 

写真・中村功
構成・工藤晋

 

( 週刊FLASH 2021年11月23日号 )

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