■「人間を演じる」ことを大切に
3年前、横浜中華街の路上で山中は軽いノリで占い師に手相を見てもらった。すると占い師が「あなたは、30歳ごろから仕事線がありません」と衝撃の鑑定結果を伝えた。
「占い師さんがしつこく『お仕事はなんですか?』と聞くので『自営業です』と答えたら『仕事線がない』と言われました。『え? 30歳から仕事に恵まれていない? 今やっていることは仕事じゃない?』といろいろな思いが駆け巡りました。
だけど『役者はプライベートと仕事の境がないのかもしれない。それでいいのかな』と思うようにしました」
ご託宣とは違い、映画『松ヶ根乱射事件』(2007年)で注目を集めるなど、山中への出演オファーは30歳ごろを境に増えていった。
そして、4月から放送されているNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』にも出演するなど、いまや作品が途切れない人気俳優となっている。
だが、山中は「僕は台詞覚えも悪いし、演技もまだまだ。今でも『役者としてやっていける』と思えたことはないです」という。
では、役者という仕事とどう向き合っているのか。
「『人間を演じているんだ』ということを大切にしています。2015年に橋口亮輔監督の『恋人たち』という映画に区役所の保健課職員役で出演させていただきました。健康保険料を1カ月分だけ支払いに来た区民に『は? そんなの、あり得ないでしょ』と冷たく接する嫌な職員です。
台本を読んでどう演じるかを考えました。とても嫌な男ですが、それは仕事上のことで、この人にはこの人の正義があるだろうし、優しい一面もきっとあるはずです。人には多面性がある。嫌な部分だけで演じてはおもしろい演技にはならないと思いました」
昨年、俳優・でんでんと共演。そのときのことを語った。
「山形県での撮影でご一緒させていただきました。撮影が休みの日、ホテルの近くの修験道がある山に登ろうと思いバス停に行ったら、でんでんさんも山に行くためバスを待っていらっしゃいました。
そのときに『山中君は台詞の覚えは早い?』と聞かれたので『全然ダメです』と答えたら『そう。俺も台詞覚えが悪くて。こうやって歩きながらブツブツ言ってると台詞が体をまわって自然に言えるようになるんだよ』とおっしゃったんです。
『だから大丈夫。君はそのままの君でいいんだよ』と言っていただけたように感じてホッとしました」
「覚えが悪い」という台詞をどこで覚えるのか聞くと「最近はサウナです」と笑った。
「サウナ、好きなんです。この取材前にもサウナに入って整えてきました。サウナに入って休憩所で台本を読み、集中できなくなったらまたサウナ。これがパターンです」
「職業俳優」になり22年。山中はなぜ、これほど多くの個性的な役を演じられるのか。その「解」がわかる言葉があった。
「仲野太賀君、若葉竜也君など若手と共演したときに『この人たちの演技にはかなわない』と打ちのめされた感覚がありました。だけど年下の役者さんに悔しいと思える自分に気がつき『これって、自分は役者としてもっと伸びたい。やれることはまだあるという気持ちなのか』と思ったんです」
これから山中はどんな「伸びしろ」を見せるのか、楽しみだ。
やまなかたかし
1978年3月18日生まれ 東京都出身 学生時代より演劇活動を始め、多くの舞台に出演。おもな出演作は、映画『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』(2019年)、『閉鎖病棟-それぞれの朝-』(2019年)。ドラマ『アバランチ』(2021年、関西テレビ・フジテレビ)、NHK連続テレビ小説『ちむどんどん』など
【すずめの御宿】
住所/東京都渋谷区恵比寿南2-7-8
営業時間/月~金曜17:00~23:00、土曜12:00~14:30、17:00~23:00
定休日/日曜
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写真・野澤亘伸