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志村けんさんに見出された上島竜兵さん 自身も人気芸人を発掘する「名伯楽」だった
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2022.05.11 12:44 最終更新日:2022.05.11 14:52
5月11日、お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さんが亡くなっていたことが明らかになった。享年61だった。
ダチョウ倶楽部は、リアクション芸人の先駆けとして『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)などで活躍。
番組の中で上島さんたちが発した「聞いてないよォ」は、1993年の流行語大賞大衆部門で銀賞を受賞するなど、一世を風靡した。
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その顔とは別に、上島さんといえば、所属事務所・太田プロダクションの後輩芸人を中心に「竜兵会」を結成し、頻繁に飲み会を開いていたことでも知られている。
2005年8月、本誌は、上島さんが当時“心のオアシス”と話し、通い詰めていた東京・東高円寺の居酒屋「野武士」(現在は閉店)で開催された「竜兵会」に密着していた。
1990年代の活躍ぶりを振り返る上島さん。すると、そこに、メンバーが続々と駆けつけてきた。
上島さんは当時、こう語っていた。
「多くて週3、4日は集まっていますね。最初は僕らが昔、ラジオ番組をやっていたころ、若手を連れてきて飲んでたんです。
ここで一緒に飲んだ若手は売れるっていうジンクスがあるんですよ。次? 元『猿岩石』の有吉(弘行)かな。彼は天才ですよ!」
有吉弘行(47)が再ブレイクするきっかけとなった品川庄司・品川祐に「おしゃべりクソ野郎」とあだ名を付けた『アメトーーク!』(テレビ朝日系)の放送回は、2007年8月のこと。
じつに、その2年前から、上島さんは有吉のブレイクを“予言”していたのだ。
当時の取材には土田晃之(49)や「デンジャラス」のノッチ(56)ら、上島さんがかわいがっていた「竜兵会」メンバーも駆けつけ、後輩たちから慕われる一面も垣間見えた。
土田もノッチも“ボキャブラブーム”以降、一時、失速した時期があった。そうした後輩芸人に声をかけ、飲みに誘っていたのが上島さんだった。
そうした励ましのおかげだろうか、2人とも今でも、テレビ番組で活躍を続けている。
そして、その上島さんが“師匠”と慕っていたのは、2020年3月に逝去した志村けんさん(享年70)だった。
志村さんといえば、ダチョウ倶楽部をはじめ、優香(41)、千鳥・大吾(42)など多くの後輩たちの才能を見出してきた「名伯楽」として知られていた。そんな志村さんに負けず、上島さんも名伯楽だったことは間違いない。
「竜兵会」でのインタビューの最後に、酔って上機嫌になった上島さんはこう叫んでいた。
「俺が死んだら、棺オケを落としてくれ。リアクションがなければ死んだと思え」
まさか、そんな日が来るとは思いたくもなかった――。
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