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【坂本冬美のモゴモゴモゴ】休業明け、一年ぶり生放送の客席には亡くなった父がいた
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2022.05.21 06:00 最終更新日:2022.05.21 06:00
休業宣言から一年……復帰の記者会見を開いていただいたのは、2003年3月7日。場所は、東芝EMI(現ユニバーサルミュージック)のロビー。忌野清志郎さんが、偶然わたしの歌を聴いてくださったというあの場所です。
見慣れた場所のはず……なんですが、なぜかその日だけはまるで違って見えて。いっせいにフラッシュが焚かれた瞬間、頭の中は真っ白です。いやぁ、もう緊張したのなんのって。会見の間中、へんな汗が流れていました。
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わたしにしてみれば、止むに止まれぬ事情があっての休業(引退)宣言でしたが、見方を変えると、大騒ぎをした挙げ句、我がままで休業して、また我がままで戻ってきた……と見えなくもないわけで、モゴモゴモゴ。
それでも、そんなわたしを待ってくれていたスタッフを見ているうちに、
ーー着物を脱いで、長い髪を切って、それで演歌歌手・坂本冬美は終わり。
そんなふうに考えていた自分が恥ずかしく思えて。スタッフ一人ひとりに、心の中で手を合わせ、「ごめんね」「ありがとう」と呟いていました。
■一年ぶりの生放送で心をこめて2曲を熱唱
復帰後、初めてステージに立たせていただいたのは、会見から約1カ月後の4月1日。埼玉県にある大宮ソニックシティでおこなわれたNHK『歌謡コンサート』です。
「帰ってきました」と宣言して、それから1カ月もたたないうちに、NHKの番組に出させていただけるなんて、歌手としてこれほど幸せなことはありません。
歌わせていただいたのは『夜桜お七』と『うりずんの頃』の2曲。「え~~~っ、一年ぶりの生放送で2曲? 1曲でいいのに……」なんて罰当たりなことは、口が裂けても言えません。え~、言えませんとも。
「上手から出ていただいて、歌い終えたら下手にはけていただければ」
「上手から出て下手ですね」
以前と同じように返事をしたものの、上が右だったか、左だったか、すっかり忘れていて。マイクを通して聞こえてくる自分の声にも違和感がありありです。
「あれっ!? モニターから返ってくる声って、こんな感じだったっけ?」
と、首を捻りながら、見た目はともかく、気持ちはデビューしたての初々しいあのころに戻ったつもりで、心をこめて歌わせていただきました。
もうひとつ。これは、信じていただけないかもしれませんが、亡くなった父が、再スタートを切ったわたしを見守るように、客席に座っていたのもこのときです。
「えっ!?」と思い、視線を戻したときには、もう消えていましたが、あれは、確かに、父でした。
その後、リハビリ……と言っていいのかどうか、怖さと戸惑いが続くなか、少しずつ歌う機会を増やしていただいて。新曲『気まぐれ道中』を出させていただいたのは、半年後の9月3日です。
作詞は、たかたかし先生。作曲は、岡千秋先生。お2人とも、デビュー前からずっとお世話になっている、かけがえのない先生方です。
「明るく楽しく」をテーマにした、初めての股旅もの。気負わずに歌えるようにと、あえてノーテンキな雰囲気の歌を書いてくださったのは、両先生の親心……きっと、おそらく、いや絶対に、わたしへの愛です。そのお心遣いには、感謝しかありません。
「うん、それがいい!」と、諸手を挙げて喜んでくれたスタッフにも深謝です。
さかもとふゆみ
1967年3月30日生まれ 和歌山県出身 『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』、そして最新シングル『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、ファン投票によって選曲された『坂本冬美35th Covers Best』と、メモリアルイヤーの締めくくりに『夜桜お七』初のアナログ盤が発売中!
写真・中村 功
構成・工藤 晋