まったくの素人からのスタートとなった徳重だったが、石原プロでは特に演技の指導はなかったという。
「芝居はこういうもんだというような指導はありませんでした。何度か聞いたことはありましたが『そういうことは人から教えてもらうものじゃない』というような感じでしたね。でも出演した作品の出来がいいと、渡さんからは『よかったよ』と、お褒めの電話がかかってきました。逆によくないとかかってこないので、電話がないと、けっこう、へこみましたね。渡さんの電話を励みにしてやっていました」
渡さんからの電話で自分の演技をジャッジしてきた彼に、これまでとはまったく違う役がめぐってくる。2018年に出演したドラマ『下町ロケット』だ。
徳重は嫌味なエンジニア・軽部真樹男役を演じた。それまでは熱血漢や爽やかな役柄が多かったため、眼鏡をかけた変貌ぶりが話題となった。
「ちょっと嫌な役には前々から興味があったんです。でも、イメージと合わないからお声がかからなかったんだと思うんですよね。この役をいただいたときは、嬉しかった半面、自分で演じられるのだろうかという不安もありました」
そんな徳重の不安をよそに、放送を重ねるごとに、彼の演技は評判を呼んだ。
「いま振り返ると、この作品ぐらいから格好つけるのをやめた気がします。石原プロの一員というプレッシャーもあったのか、格好よくなきゃいけないみたいな気持ちが、どこかにあったんだと思うんです。でも、役によっては格好つけなくていい。格好いいと感じる人を演じるときだけ、格好つければいいんだと。その根本的なことに気づいたのかもしれません。演じたことのない役にチャレンジさせてもらってから、役者としての幅は広がったと思います」
そして今年1月から放送された『愛しい嘘~優しい闇~』で演じた野瀬正役は、その怪演ぶりが話題を呼び、『ずっとあなたが好きだった』(1992年、TBS)で佐野史郎が演じた “冬彦さん” を想起させることから “令和の冬彦さん” と注目を集めた。 “気持ち悪い” という視聴者の声もあったが、「それは狙いどおりです」と笑う。
「画面に登場した瞬間に『うわっ!』と思っていただけるように演じていたので、そういう声は非常にありがたいです。ただ、収録の後半になってきたら、どうも気持ちが苦しくなることが多くて。僕が演じた野瀬さんは心の闇を抱えている人だったんですが、そういう人物を演じると、自分もつらくなるんだなと。初めて、 “役に引っ張られる” という経験をしましたし、よくも悪くも自分はそういう部分がある人間なんだと発見することができました」
そんなときに彼の気持ちを変えてくれたのが、同時期に収録に臨んでいた『カムカムエヴリバディ』で演じた破天荒将軍だ。
「台本をいただいたときは、殺陣のシーンが多くて大変そうだなと思っていたんですが、実際に初日を迎えると、救われている気がして。妙にスカッとした明るい感じの人物でしたし、殺陣のシーンでいい汗をかかせていただいた。初めての朝ドラ出演というありがたさもありましたが、心のバランスを保つという意味でもありがたかったです」
怪演ともいえる演技で話題をさらった徳重だが、現在放送中のドラマ『僕の大好きな妻!』では、正反対の役を演じている。
「非常に明るい漫画工房のチーフアシスタント(佐竹学)を演じています。今までに演じたことがない底抜けに明るい人を演じてみたかったので、ちょっと夢がかなった感じはあります。テンションが高い人を演じるのは疲れますが、楽しいですよ。軽部さんも野瀬さんも今回演じている佐竹さんも、演じたことがない役。そういう役を演じることは恐怖でもありますが、向き合っていかないとだめなんだろうなと思います。悪く言ったら、自分にはどんな役が合っているのかわからない。よく言えばまだ可能性があるということだと思うんです。これからも演じたことがない役に、たくさん出会いたいですね」
白ワインを飲み干すと、それまでとはまた違った表情で微笑んだ。
とくしげさとし
1978年7月28日生まれ 静岡県出身 2000年8月『オロナミンC「1億人の心をつかむ男」新人発掘オーディション~21世紀の石原裕次郎を探せ~』でグランプリに輝きデビュー。ドラマ『弟』(2004年、テレビ朝日)で石原裕次郎を演じる。『下町ロケット』(2018年、TBS)での怪演も話題を呼ぶ。大河ドラマ『麒麟がくる』(2020年~2021年、NHK)に出演。2022年は連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(NHK)、『愛しい嘘~優しい闇~』(テレビ朝日)に出演。現在は『僕の大好きな妻!』(東海テレビ・フジテレビ系)に出演中
【鳥茂】
住所/東京都渋谷区代々木2-6-5
営業時間/16:30~24:00(L.O.23:30)
定休日/日曜日
写真・伊東武志