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【坂本冬美のモゴモゴモゴ】「頑張ってるのは認める。でも…まだまだだな」そう言ってほしいから
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2022.07.02 06:00 最終更新日:2022.07.02 06:00
恩師・猪俣公章先生がわたしのために作ってくださったのは全部で65曲……。その最後となってしまったのが、この『船で帰るあなた』(1994年発売)です。
「冬美、いい歌ができたぞ」と、先生が嬉しそうに教えてくださったのは、デビュー6年めのころだったように記憶しています。
当時は、常に10曲くらいのストックがあって。これはシングル候補とか、これはカップリング曲にしようとか、この歌はアルバムに入れようとか、その都度、先生が決めてくださっていたのですが、なぜかこの『船で帰るあなた』だけは、レコーディングまでしたにもかかわらず、「まだダメだ」とおっしゃって……。
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何かを感じていらしたのか、それともほかに何か理由があったのか……今となっては知る由もありませんが、記憶を遡って考えていくと、なんだかとても不思議な感じがします。
歌詞にある「さよなら」というところに、先生がとてもこだわって。「呟(つぶや)け」とか「囁(ささや)け」とか、歌唱指導をしてくださるんですけど、なかなかうまく歌えない……。なんとかOKをいただいた後、先生が呟くように教えてくださったひと言。
「いいか、冬美。歌詞を大切に、ひと言ひと言を噛み締めるように歌いなさい」
その言葉は、今もわたしの中で生き続けています。
一見すると、大作曲家というより、強面の不良オヤジ(先生ごめんなさい)ですが、ふだんはとっても繊細で。寂しがり屋で、わかりにくいけど、でも優しさに溢れていて。
お酒を飲むとそれが一変。ご機嫌で、陽気で、明るくて、まわりにいる人みんなが楽しくなるような、そんな先生でした。
だから……次の新曲をどうするかという話になったとき、正直わたしの中には葛藤がありました。
先生が作ってくださった最後の曲なんだから、わたしが歌わないでどうするの!?
歌いたい。でも、歌い始めると、「さよなら」のところを「呟け」「囁け」と執拗にこだわった先生の顔が浮かんできて……。
ーーアレンジをちょっとだけ変えていただけませんか。
とお願いして、出来上がったのが、この『船で帰るあなた』です。
■俺だったらもっといい歌を冬美に書くぞ
先生がお亡くなりになった後、『夜桜お七』に出合い、音楽の神様に導かれるように『また君に恋してる』をカバーさせていただき、一昨年は、ついに、とうとう、念願かなって、桑田佳祐さんに『ブッダのように私は死んだ』をいただくことができました。
きっと今ごろ、空の上で「冬美にこんないい歌を書きやがって」と、地団駄を踏んでいるんだろうなと思います。
で、ひとしきり悔しがったその後で、「俺だったらもっといい歌を冬美に書くぞ」と、ニヤリと笑っているはずです。
何年たっても寂しいし、生きていらしたらお酒でも飲みながら、歌についてお話しがしたかったなと、ちょっとしたときに先生のことを思い出します。でも、だからーー。
坂本冬美は、これからも歌い続けます。
「頑張ってるのは認める。でも……まだまだだな」
先生にそう言ってほしいから。先生にそう言ってもらうために。
いつか……あと何十年かしたら、わたしも先生のところに行きますが、それまでは一人酒を楽しみながら、わたしのためにいい歌をたくさん作って待っていてください。約束ですよ。
さかもとふゆみ
1967年3月30日生まれ 和歌山県出身 『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、約1年半ぶりのニューシングル『酔中花(すいちゅうか)』が発売中
写真・中村 功
構成・工藤 晋