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『やんごとなき一族』怪演で話題の松本若菜 「毎日悩んだ暗黒時代」を救った椎名桔平の言葉

エンタメ・アイドル 投稿日:2022.07.03 11:00FLASH編集部

『やんごとなき一族』怪演で話題の松本若菜 「毎日悩んだ暗黒時代」を救った椎名桔平の言葉

 

ラーメンに鮎? って思いますよね。でも一度食べたらやみつきになります。塩をくぐらせた一夜干しの鮎の香りとカリッとした食感。スープは鮎の出汁の甘みが利いたあっさり味。細いちぢれ麺にからんでほんとに美味しい」

 

 調理師免許を持つ松本若菜は数ある自身の「寄港めし」から「鮎ラーメン」を選んだ。

 

 同店は2003年にオープン。カウンター7席のみ。店内のBGMはサザンオールスターズオンリーで、平日でも行列ができる人気店だ。若菜は20代のころ、アルバイト先の店長に誘われて訪れ「リピートしたくなる味」に魅了され、10年以上足しげく通っている。

 

 

『金魚妻』(Netflix)、『ミステリと云う勿れ』『やんごとなき一族』(ともにフジテレビ系)と話題作に立て続けに出演し人気急上昇中。38歳で大ブレイクした美人女優の “やんごとなきキャリア” を振り返る。

 

■退屈な日常に不安を感じる日々

 

 1999年、鳥取の米子駅前にある商業施設のフードコート。高校1年生の若菜は、いつものように同級生と談笑していた。誰かが聞きつけた。

 

「女優の奈美悦子がここに来てるって!」

 

「ほんとに? じゃ、みんなで探しに行こう!」

 

 好奇心旺盛な女子高生3人はモール内を練り歩き、その女優を見つけた。握手してもらうと、興奮気味にフードコートへと戻った。しばらくすると今度は奈美悦子が若菜たちの席にやってきた。隣に立っていたのはプロダクションの社長だった。ブレザーの制服姿の若菜に、社長が声をかけた。

 

「芸能界に興味はない?」

 

 それまで一度も考えたことはなかった。社長の誘いの言葉は嬉しかったが、芸能界は未知の世界。「憧れや期待よりも怖さを感じて」自分の意志で断わりを入れた。

 

 高校卒業後、地元の企業に美容部員として就職し接客を務めた。やりがいを感じることもあったが、シフトに合わせた「退屈な日常」に少しずつ不安を感じていった。

 

「今の仕事を30年続けられるんだろうか? 自分にしかできない仕事はなんだろうか? とにかくこのままではダメだと。その思いが積もり積もって頭の片隅にあったものが出てきたんです」

 

 それが芸能界だった。初めてスカウトされてから6年が過ぎていた。若菜にはずっと気がかりなことがあった。

 

 2000年、鳥取県西部地震が起きたとき、若菜をスカウトしてくれたプロダクションの社長から松本家に手紙が届いた。

 

「あのときかなり失礼な断わり方をしたのに、私や家族のことを気遣ってくださって。私はいい人に声をかけてもらっていたんだっていう思いがずっとあったんです」

 

 若菜は松本家の三姉妹の末っ子として育った。女性ばかりの松本家だが、誰かが跡を継がなければいけない。悩む若菜の姿を見かねた3歳上の次女が妹の背中を押した。

 

「『私が婿を取って松本家を残すから、あなたは好きなように生きなさい』って言ってくれたんです。私はお姉ちゃんの期待に応えるためにも東京へ行こうと決心しました。私が上京できたのは自分一人の力ではありません」

 

 プロダクションの社長は、22歳になった彼女を快く迎え入れてくれた。飲食店でアルバイトをしながら演技を学ぶ生活が始まった。

 

 上京して1年がたったころ、初めて受けた『仮面ライダー電王』(テレビ朝日系)のオーディションに合格し、ヒロインに抜擢された。女優として華々しくスタートを切り、写真集を発売した。2009年には映画『腐女子彼女。』(兼重淳監督)で大東駿介とW主演を務め、ボーイズラブを愛するオタク女子を熱演した。

 

「コメディができる女優になりたいと思っていたので自分の芝居でまわりの人が笑ってくれるのは嬉しかったですね」

 

 ラブコメ、ミステリー、時代劇など、ジャンルを問わずさまざまな役柄のオファーが届いた。キャリアは順調に積み重なっていったが、彼女が描いていた未来の女優像にはほど遠かった。

 

「たくさんオファーがきて映画やドラマ、CMなどに出演して……。そういうことを、自分もできるんじゃないかと勘違いしていたんです」

 

 描いた夢とかなった夢は少し違った。若菜は心の逃げ道を探した。

 

「毎日悩んでいました。自分のプライドを守るために、まわりの人たちには『私は主演とかやらなくていい』『私は売れるために女優をしているわけじゃない』と強がりを言っていて。自分にも嘘をついて、なんとか心を保っていたのかもしれません」

 

 いつも若菜に寄り添い励ましてくれたのは10代のときに出合った洋楽のロックだった。レッチリ、レディオヘッド、オアシス。野外フェスにも出かけるようになった。

 

「歌詞が英語なので内容は理解できてないんです。それなのに、心が揺さぶられたり切なくなったりする。音楽の可能性にふれて、感動を覚えて、私の生活に欠かせないものになりました」

 

 彼女はこの悩み苦しんだ時期を「暗黒時代」と表現した。女優をやめて実家へ帰ることも考えた。そんなとき、俳優の椎名桔平に、自身の悩みを打ち明けた。

 

「私、このまま女優業を続けていけるのか心配なんです」

 

「僕もそうだったんだよ。でもね、10年続けてみなよ。10年たったら違う風景が見えてくるはずだから。10年の節目でやめようと思うなら、やめていいと思うよ」

 

 奇しくもデビュー10年め、映画『愚行録』(2017年、石川慶監督)でヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。気高く美しく強かな悪女を好演し注目を浴びた。若菜は料理長まで務めたカフェのアルバイトを辞め、女優業一本で暮らしていけるようになった。

 

「桔平さんの『10年頑張ってみろ』というアドバイスが大きかったですね。10年も待てないよって思うこともあったけど、続けてきてよかった。自信につながりました」

 

( 週刊FLASH 2022年7月12日号 )

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