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バービーボーイズKONTA『目を閉じておいでよ』を語るエンタメ・アイドル 2017.05.16

バービーボーイズKONTA『目を閉じておいでよ』を語る

 

 1980年代、日本のROCK界を牽引したバービーボーイズ。杏子とKONTAによるハスキーなツインボーカル、異次元の超絶テクニシャンギタリスト・いまみちともたか、メロディアスなベーシスト・ENRIQUE、重厚なビートを刻むドラマー・小沼俊明による5人編成。

 

 今回の「運命の一曲」は、『目を閉じておいでよ』。本誌では書ききれなかったKONTAさんのインタビューを掲載しよう。

 

――まずは、『目を閉じておいでよ』についてのお話ですが。

 

(セールスは)17万枚弱だったと思います。上半期22位かな。つまんないことはよく覚えてます(笑)。

 

――この曲を初めて聴いたときのことを覚えていらっしゃいますか?

 

 5枚目のアルバムのレコーディングが1988年9月に始まったので、1988年の7月末か8月に、いまみちくんの家で聴いたのが最初だったと思います。いまみちくんが「こんなの作っちゃったよ」って言って。その頃は譜面を書いてたので、いまみちくんがギターを弾いて、その譜面を見ながら、こんな感じって。

 

――新曲を聴くタイミングというのはそういう感じだったんですか?

 

 ケースバイケースです。やっぱり長いツアーの後だと、それまでの疲労の蓄積もありますし、(メンバーの)顔を見たくねえなとか、お互いにあるんですよ(笑)。家族や子供よりも一緒にいる時間が長いから。あのときはたしかツアーが終わって、次のアルバムの準備に入るところで、そのツアーの最中にですね……。まぁ、いいや。30年経ってるんだから。当時のバービーのマネージャーが女性スタッフに、「そんなもん目を閉じてれば一緒だよ、すぐだよ」みたいなことを、今となってはセクハラもんですが、当時でもセクハラですが(笑)。「すぐだよ、同じだよ、やらせろよ」って、言われましたと。その話がバーッと広がって。とんでもないことを言うヤツだなって。半分は笑い話で、こんなことを言われちゃった、っていう。その話が耳に入って、「ゲラゲラ笑いながら作っちゃった」って、聴かせてもらったのが最初でした。あの話、聞いたろう? って。

 

――ヒットする感覚はありましたか?

 

 なかった。冗談半分で作っちゃったっていう感じがあったので、それだけ真面目に、誠実に、音は入れなきゃいけないだろうと。シビアにちゃんと作らないと、舐めてると思われるのが嫌だなと思った。真面目に言うのが最高のシャレなんじゃないのかなっていう感覚があったので。本気で言ってるんだぞ、って見せれば、みんなゲラゲラ笑うんじゃないか。こっちが真面目であればあるほど、コミカルに聴こえるんじゃないかと思ってたんですが、思いのほか、売れちゃったんです。しまった、マジに取られてるぞ、っていうのはありました。反響として。みんな真面目に受け取ってるじゃねーか、っていう戸惑いはありました。

 

――CMソングの話は?

 

 作ったあとですね。アルバムのレコーディングの中でも最初のほうに録ってます。レコード会社のスタッフも事務所のスタッフも真面目に取ったのかはわからない。

 

――曲の捉え方は人それぞれですからね。

 

 だから、ヘラヘラしながらライブパフォーマンスをしたら最後だな、と。いつも通り、吊り目で歌ったつもり(笑)。真面目にやってるところを笑ってくれと。ステージでもマイクスタンド傾けて、腰をなぞるようなポーズをしたりね、そんなバカバカしいことはないじゃない。そこまでのナルシシズムは俺にはない。でも、そこを乗り越えてやっちゃうと、もっと違うものが伝わるかもしれないとも思ってましたね。――この歌詞をそのまんま受け止めたら、ごちゃごちゃ言ってねーでやらせろよ、って歌になりますからね。

 

 そうです。目を閉じてればすぐなんだから、って。これって人間性の問題で。そう取られるんだったら、そういう要素が俺の中にもあるんだろうと(笑)。

 

――バンドのイメージだと、ほんとにやってそうなんですよね(笑)。

 

 真面目なジョークです。

 

――真面目に受け止められて困ったことは?

 

 長いツアーがありまして、ホテルの部屋の前に、ファンの女のコが毛布にくるまって待ってるっていうのはありました。何度か。

 

――そのファンは、目を閉じておいでよ、っていう気持ちで。

 

 目を閉じなくてもいい。俺が閉じたいよって(笑)。

バービーボーイズKONTA『目を閉じておいでよ』を語る

 

――シングルがヒットして変わったことは?

 それはあんまりなかった。

 

――バービーにとって、シングルがヒットすることはそんなに大きなことではなかった?

 

 言ってみれば、広告塔みたいな捉え方でしたね。こんなの出してますよ、っていうので、様子を見る。その売れ行きによってプロモーションのやり方も変わるだろうし、こっちのインタビューのタッチみたいなのも変わってくるだろうな、と思ってました。各勝負に勝っていればいい。大負けしなきゃ大丈夫っていう。そういう感覚で。こんなこと言っちゃなんだけど、シングルのカップリングはアルバムに入ってないんです。だからある程度、これはシングルでしか聴けませんっていう。そこである程度の売り上げを確保して、アルバムはどうなのよ、っていう。

 

――バンド名の由来について諸説あったのですが。

 

 バンド名どうしようかってときに……。まぁ、いいか。俺当時ね、暗い青年でね。バービードールが好きだったんです。

 

――当時、バービー人形を持ち歩いていた、っていうのは本当だったんですね?

 

 うん。で、酒飲みに行ってはカウンターに置いて一緒に飲んでたっていう。バーのカウンターにとん、と座らせて酒を飲んでた。バンド名どうするべ? って。俺、バービー人形が好きだから、バービーボーイズでいいんじゃねえかって。で、カタカナで書くと、長線が3本入るから、スペース取るぞ。情報誌でちょっと目立つぞって。当時は、「シティロード」や「ぴあ」があったから、ライブハウスの情報はそこで知る。近頃、よく見るけど、こいつらなんだろう? っていう人が来るんじゃないかと。

 

――杏子さんが加入して、ボーイズじゃなくなるわけですけど、バンド名を変えるという話にはならなかった?

 

 ならなかった。チャンバラトリオだって4人じゃないかって。

 

――一升瓶を持って、J・ガイルズ・バンドを歌っていたというのは本当?

 

 それは高校生の頃。やってました。ステージで飲んでましたね。

 

――KONTAさんに「できる?」って聞くと、なんでも「できる」って答えると、いまみちさんが、なにかのインタビューで言ってました。サックスも吹けると。

 

 俺、サックス吹けるよ、って自分から言いましたね。

 

――バンドを作るときに、サックスの音が欲しいっていう話になったんですか?

 

 バービーを始めるとき、けっこういい年になってたんですよ。俺が22歳で、いまみちくんが23歳だったと思うんだけど。当時、25歳過ぎてバンドやってるやつはバカだと思ってたから。だから組むときに、「これで最後だと思ってやろうぜ」って。で、「どういう編成でやる?」「キーボードは入れたくない」って、いまみちくんが言って。俺もそう思ってたけど。(キーボードは)おぼっちゃまくさいのと、金に困ってなさそうなのと、絶対に車持ってるでしょう? すると、こっちがひがむ(笑)。で、しかも、キーボードって、コード鳴らしちゃうと、天井と下(の音域)が決まっちゃう。発展のしようがない。だから、基本はスリーピースでやろうと。ベース、ドラム、ギターでやりたいんだが、プラスアルファ何か欲しいな、って話になったとき、俺、サックス吹けるよって言った。

 

――実際に吹けたんですか?

 

 吹けましたよ。楽器は持ってなかったけど、ある程度は吹けた。ただし、このバンドを始めるにあたって、アルトやテナーは使いたくなかった。というのは、楽器の形を見るだけで、どういうことをやるのか、見る人が想像ついちゃう。それは嫌だなと。じゃ、馴染みのないのにすればいいんじゃねーのかっていうんで、ソプラノにした。こう言っちゃなんだけど、日本でソプラノサックスを有名にしたのは、ケニーGと俺だよ。

 

――たしかに! バンドの基本的な構成ではあまりないスタイル。

 

 アンサンブルではあまりないですね。ソプラノは難しかった。アルトやテナーに比べると難しい。だから、「吹けないくせに吹けるって言う」って発言が出てくるんです。俺はどの楽器もイメージがあればできないことはないだろうと思ってるから。ある程度のトーンコンセプトがあれば、自分の用を足す程度にはできるだろうと思ってました。

バービーボーイズKONTA『目を閉じておいでよ』を語る

 

――最初にやった楽器は何だったんですか?

 

 ほんとはギターって言いたいけど。小学生の頃にバイオリンを習いました。小学校4年か5年。

 

――音楽としてはクラシックから?

 

そうですね。

 

――どのタイミングでロックに?

 

 並行してですね。ただ、バイオリンだと10年かかるんだろうなっていうことになると、じゃ、バイオリンで苦労したほうがいいんだろうか? って。真面目ですわね。発想としては。

 

――それは将来的に音楽を見据えた感じなんですか?

 

 ぜんぜんありません。

 

――舞台ですか?

 

ぜんぜんありません!

 

――どこだったんですか?

 

 高校で初めてバンドを組んだ、16歳か17歳。どの楽器もちょっとずつできるわけ。最初はドラムがいないから、俺がドラム叩こうって。そのうち、ドラムを叩きたいってやつが来て、同じ練習量で、俺より確実にうまくなる。ベースが抜けた、じゃ、俺がベースやろうと。同じことの繰り返し。全部乗っ取られて、俺、何やろう? 歌でも歌えば。歌ってやるよー! ってなもんですよ。

 

――バービーの歌は女性のキーで歌ってますが、それまでは?

 

 自分の声は高いほうだという自覚があった。ギターの美味しい、ギターがカッコいいキーっていうのは、男には高い。それこそ、ルー・リードみたいに、低い声の人じゃないかぎり。中途半端に高かったり中域だったりすると、目立たないでしょ。いっそ、上にいってやれと。そういうことになった。

 

――ツインボーカルのインパクトが強烈でした。杏子さんがバンドに加入するエピソードを読んだのですが。彼女の動員数をいただく、という発想で、ってなってますよね。

 

 それもひとつ。たしか最初のきっかけになったのは、ドラムの小沼くんが腕を折るかなんかあって、ライブを休まなきゃいけなくなったんです。でも、スケジュールはフィックスしてあった。じゃ、どうする? ゲストを呼ぼう、と。どうせだったら、あのねーちゃん呼ばねえ? って。前に対バンでやったことがあったから。ドスが利いてておもしれえから、ちょうど、俺と高さは同じくらいだぜ、って。それでやったのが、1983年8月8日か9日。たしか、杏子の誕生日の近くだった。デビュー曲とか、何曲か作っちゃった。

 

――最初のシングル『暗闇でDANCE』とか。

 

 そう。ゲストでやったっておもしろくないから、並立でやろうと。やったらこれがウケた。ウケちゃったもんだから、このまま思い出ですますのもなんだから、ちゃんとデモを作ろうよと言ってだまくらかして、何曲かデモテープを録ったわけです。デモさえ録っちゃえばなんとかなるべって。人さらいですね。

 

――KONTAさんはボーカリストで。女性ボーカルの加入は、バンドの方向性としても大きなことですよね。

 

 自分がボーカルであるっていうことに、それほどナルシシズムというのは感じてなくて。それまでにない形でやるんだったら、そのユニークさのほうが勝ちだろうと思ってました。いまみちくんはものすごく気を使って、お前大丈夫なのかって言ってたけど、俺はぜんぜん平気で。もうひとつ明け透けに言っちゃえば、歌う量は半分に減る。疲れないですむ(笑)。

 

――デュエットをロックでやるようなもので。見たことがない衝撃がありました。

 

 アメリカ的な、いやったらしいのになると、見つめ合いながらやるじゃないですか。あれが恥ずかしくて。だから、ビッと真正面を向いて。お互いに諍い合ってればそっちのほうがおもしろいぞと。

 

――2人が喧嘩してるくらいのイメージのほうがいいと。

 

 そうそう。同等でないとおもしろくないっていうのはずっとありました。

 

――歌詞の世界観もそうですね。

 

 女には女の言い分、男には男の言い分がある。で、女は男の足をすくい、男は女の首を絞める、みたいなね。そのスタンスは、いまみちくんのセンス。歌詞というのは、どこかよそ行きの言葉になっちゃってる部分があって、それが気持ち悪くてしょうがないっていうのはずっと言ってた。それは俺もそう思っていたので。じゃ、話し言葉でやってみようと。

 

――バービーの歌で衝撃だったのが2枚目のシングル『もォ やだ!』で。いやだじゃなくて、やだ、っていう。やだってそのまんま言うんだ、っていう。

 

 なぜよそ行きの言葉になっちゃうかというと、あれはね、歌謡教室の先生が歌を教えてたからなんですよ。歌謡曲の人たちに。だから、速いテンポでできないし、速いテンポで滑舌よくやったらなんとかなるんじゃないかっていうのが、我々のスタンスで。

バービーボーイズKONTA『目を閉じておいでよ』を語る

 

――1988年8月には東京ドーム公演を開催。いつかやりたい、という思いはありました?

 

 具体的にそういうものはなかった。絶対、俺らは売れるという根拠のない自信はあったけど、それがどういう形をとるのか、具体的なイメージはなかった。初めて武道館をやるときは、嫌で嫌でしょうがなかった。遠いじゃないですか。

 

――お客さんが?

 

 そう。嫌ですね。反応に時間差がある。こっちがなんかやると、中学校のラジオ体操を屋上から見てるような感じになる。他人事になっちゃうの。俺とお前がやってんだからな、っていうその関係が100あるんだ、1000あるんだ、っていうんじゃなくて、1万っていう塊がどんとあると、ありんこのような感覚になっちゃうんですね。俺は。外タレが来ても、武道館だと観に行きたくなかった。他人事になっちゃうから。うまいんだろうなー、でもなー、(演奏してる)手と聴こえてる音が違うなー。口と合わないなーっていう感覚ですね。(箱が)でかくなればなるほどね。いまだから正直に言っちゃうけど、嫌だった。

 

――バンドが成功してよかったことは?

 

(しばし、沈思黙考)希望は持てましたね。やりたいことができる。自分たちが。でも結局ね、押し切られるんですよ。システムみたいなものに。でも、ここを越えたらっていう希望はいつも持ってたような気がしますね。

 

――6枚目のアルバムで、初めて1位を獲って解散しました。

 

形の上では。

 

――ファンの一人としては、解せないわけです。

 

 なんて言ったらいいんだろう。なにをどういうふうにやれば、自分たちの思い通りにできるのか、っていうことがわかんなくなってたんですね。で、自分がやりたいのか、やらされているだけなのか、っていうのも、ちょっと曖昧になってた。それが辛くてしばらく活動休止して。アルバムを作って、ちょろっとツアーをするんですけど。そして、またそれぞれに頭を抱えて。もともと、メンバーが全員集まって、どうしようかっていう仲よしバンドではなかったので。それぞれ内側にこもっちゃって。あいつは裏でこそこそやってる、みたいな足の引っ張り合いがなかったとは言えない。

 

――事務所がわりと強引だったという部分ですか?

 

 バンドメンバーをバラ売りされ始めてからきつかった。あいつら、どうも仲よさそうに見えないって。そんなの仲よさそうに見えなくてもいいじゃねえかっていうのが、こっちの言い分なんですが。仲よさそうに見えないから別々に話をして手なずけちゃえ、みたいなことだったんじゃないかな。

 

――「LIVE EPIC 25」(2003年2月)で復活します。バービーの出演は、直前に発表になりました。

 

 なかなか発表されなかったのは、俺が出るのを嫌がったから。もういいんじゃねーか、っていうのが正直な感想で。解散して10年経つんだぜって。ずっと活動を続けてるんだったらいいけど。そもそも俺は、昔から再結成ものがカッコわるくて好きじゃなかったので、それを自分がやるのはどうなんだろうって。

 

――まわりの期待に推されてやむをえず、みたいな感じだったんですか?

 

 最後は、丸投げでした。もう、まかせるよと。やるかやんないか決めてって。

 

――前向きではなかった。

 

 ですね。

 

――解散後も杏子さんはバービーをやりたい、と発言されてますね。

 

 彼女は解散した当初から一貫してるから、それは立場こそ違え、見解こそ違え、俺は納得してる。

 

――レイザーラモンRGさんは、KONTAさんに「これからはお前が歌っていけよ」って言っていただいたって。

 

 ふふふ。言いました。君にまかせた! って。

 

――椿鬼奴さんとRGさんのバービーを見て、どう思ったんですか?

 

 自分とつなげて考えるわけではないですからね。ははぁ、こういうふうになったのかって。こういうふうに解釈できるのかって。

 

――おもしろくは見られたんですか?

 

 うん。おもしろく見てた。

 

――じゃ、バービーの後任ボーカリストはRGさん……。

 

 俺の役は君にまかせたって(笑)。

 

――RGさん、きっと真面目に受け取ってますよ。

 

 いいじゃないですか。

 

――バービーボーイズが再結成したら、ボーカルはRGで、って思ってますよ?

 

 いい。

バービーボーイズKONTA『目を閉じておいでよ』を語る

 

――バービーボーイズをやっててよかったことは?

 

 自慢げに人に語れることが、ひとつくらいはあるっていうこと。

 

――KONTAさんにとって『目を閉じておいでよ』はどんな存在ですか?

 

 欠けはじめのハネムーンでしょうかね。この頃から、バービーに対する疑問とか猜疑心というのが生まれてきたような気がする。この曲が、という意味ではなく。この時期、この曲の頃っていう意味ですね。

 

――いちばんのシングルヒットが生まれたタイミングで……。

 

 そうですね。蜜月の終わりっていうのはそういうもんじゃないでしょうか。どんどんバービーボーイズっていうバンドに対するリアリティ、実感みたいなものが、薄れてきたんです。

 

――バンドが大きくなりすぎたってことですか?

 

 知らないことが多すぎた。これが決まったからね。いつ決まったの? 誰が決めたの? 俺がそう言うと、怒ってるわけじゃないけど、怒ってるように聞こえるらしくて。答えてもらえないんですよ。あまりにもシステマティックになって、リアリティを見失ったんでしょうね。

 

――解散はバンドの方向性、音楽性がどうのっていうわけではなかったと。

 

 もともと(音楽性は)ぜんぜん違う、全員。だから一緒にできてたんで。こんなもんあるぞ、やってみようじゃないか、って手を出してつまんでいくっていうようなね。そういう感覚でずっといたかった。

 

――バンドを取り巻く環境の問題だった。

 

 それもあるだろうし、でも、こういっちゃなんだけど、俺がマイナー志向なんでしょうね。きっとね。狭いところが好きだから。

 

――1万人の代々木体育館(「LIVE EPIC 25」)で、バービーが登場した瞬間、痺れました。そういう感覚は?

 

 だから(MCで)憎まれ口叩くわけじゃないですか。「明日からふつうの中年に戻ります!」って。ほんとに、感激っていうのはなかった。

 

――小さい箱だとそうはならない。

 

 勝負だぞ、っていう感じになる。

 

――読者に、カラオケでのワンポイントアドバイスをお願いします。

 

 まず第一に、いちばん大事なことは、けっして一人では歌わない(笑)。女性と一緒に。もうひとついうと、惚れてる女とは歌っちゃいけない。うまく歌えば歌うほど、疑われますから。2人の関係性がね。どっちかというと、ニュートラルな相手のほうが、それぞれがターゲットにしてる相手に対して歌うから、バービーと同じスタンスになります。あと、「き、し、に、す、く」。これね、気をつけて。母音を乗せるところと、子音だけで発音するところをちゃんと聴いてください。音符によって使い分けてますから。そこで言葉がクリアに聞き取れるか、聴き取れないかが決まる。「い、き、し、ち、に、う、く、す、つ、ぬ」とか。母音を乗せるか乗せないかを的確に聴き取って、判断して歌ってください。レコーディングのとき、いまみちくんが言うんです。「そこは母音乗せて」って。

 

●データ
バービーボーイズ/目を閉じておいでよ
1989年1月1日発売
作詞:いまみちともたか
作曲:いまみちともたか
初登場:1989年2月2日 10位
最高位8位 ランクイン3週
売上枚数 16.8万枚(1989年)

 

●KONTAプロフィル
 1960年東京都生まれ。56歳。1984年、バービーボーイズのボーカリスト兼サックスプレイヤーとしてデビュー。『チャンス到来』『女ぎつねon the Run』ほか、数々の名曲を残し、1992年に解散。その後、ミュージシャン、パフォーマー、俳優、ナレーターとして活躍。近年は即興演奏をもとにしたワークショップもおこなっている。9月1日~27日、座・高円寺レパートリー「ピノッキオ」に出演。KONTAオフィシャルサイトhttp://kontaminate.net

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