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【坂本冬美のモゴモゴ交友録】石井ふく子さんーー95歳、芝居にかける熱量に脱帽
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2022.09.10 06:00 最終更新日:2022.09.10 06:00
「今度の公演では、今まであなたがやったことのない役を演じてほしいと思っているんだけど、どう?」
大・大・大プロデューサー、石井ふく子先生にそう言っていただいたのは、9月20日に幕を開ける明治座公演が決まってすぐのことでした。
どうも、こうもありません。生み出した名作は、キラ星のごとく。2015年に「最多舞台演出本数」で、ギネス世界記録に認定された石井先生に言われたら、答えはひとつ。きっぱりと、はっきりと、大きな声で「はい!」だけです。
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「で、いただけるのは、どのようなお役でしょうか?」
お聞きした瞬間、先生の目が一瞬、泳いだような気がしたのは……わたしの錯覚だったかもしれません。
時は江戸時代。舞台となるのは長屋。中村雅俊さん演じる、真面目で口数の少ない夫・六助と、わたしが演じる大酒飲みでずっとガミガミ言っている妻・おはなが繰り広げる人情劇……初演は1969年で、十七世中村勘三郎さんと森光子さんが演じられた作品で、脚本は平岩弓枝先生です。
長屋のおかみさんの役ですから、衣装は地味なお着物で、お化粧も控えめ。これまでは花魁をはじめ、華やかな役が多く、お衣装やカツラ、髪飾りなどで半分以上誤魔化しが……モゴモゴモゴ。でも、今度はそうはいきません。
「セリフも、これまでとは比べ物にならないくらい多いけど大丈夫?」
「はい、お稽古に入る前には、全部覚えておきます」
「すべて勉強ですからね。頑張ってください」
台本をいただいたのが、半年前。それから、自分のセリフをレコーダーに録音し、家にいるときも移動中も、メイクの時間も、覚えるまで何度も何度も聞き直して。
「一回、本読みをしましょう」と、再び石井先生から連絡をいただいたのは「うん、この調子ならなんとかなるかも」と、やや手応えを感じ始めた、水無月・6月の中ごろでした。
先生のお宅にお邪魔して、大酒飲みでガミガミ屋のおはなをわたしが、それ以外の登場人物は、全部先生がお一人で読み合わせをしてくださいました。
全部読み終えたとき、これなら自分でも及第点をつけられるかなと思っていると、先生がひと言、ぽつりと呟かれた言葉は、今でも耳に残っています。
「少し……ほっとしたわ」
…………。
そうです。「これも勉強だから頑張ってください」と言ったものの、先生の中にも「本当に大丈夫なのかしら?」という不安があったのだと思います。
わたしも少しだけほっとしましたが、でも石井先生がすごいのは、ここからでした。
「ちょっと休憩して、もう一回やりましょう!」とおっしゃって、本当にもう一度、一から読み合わせをしてくださったのです。
このとき95歳。幕が開くときには96歳。
先生のパワーには、もうただただ脱帽……恐れ入りましたという言葉しかありません。
先生とお会いするまでは、舞台に立っていても、 “わたしは歌手だから” という甘えが心のどこかにあったような気がします。
でも先生とお会いして、芝居にかける熱量に圧倒され、優しさに包まれ、役者としてもほんの少しだけですが、成長できたような気がしています。
いつもいつも、ご迷惑ばかりおかけしていますが、今後とも坂本冬美をよろしくお願いいたします。
さかもとふゆみ
1967年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、ニューシングル『酔中花』発売中!
写真・中村 功
取材&文・工藤 晋