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三浦誠己、お笑いの世界から映画界へ 「元芸人って思われない俳優になりたい」

エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2022.12.11 11:00 最終更新日:2022.12.11 11:00

三浦誠己、お笑いの世界から映画界へ 「元芸人って思われない俳優になりたい」

三浦誠己

 

 東急田園都市線・池尻大橋駅近くにある焼き肉店「あさひ食堂」。俳優・三浦誠己が足繁く通う人気店だ。取材場所となったそこには三浦のほかに妻と2人の子供の姿が。

 

「この店は妻と交際中から通っている場所なんです。結婚後も変わらず通い、もう11年お世話になっています。家族の記念日には、皆で来るんですよ。長女は生後8カ月で、今日が初めての外食なんです。最初の食事は、どうしてもここに連れて来たくて……」

 

 

 そう言って屈託なく笑う三浦。これまで100本以上の映画に出演してきた彼だが、もともとお笑い芸人だったことは知られていない。

 

「まったく売れない芸人でしたから、みんな知らないですよ。だからお笑い時代を語ることもなかったんです」

 

 17歳の三浦は、立川談志さんに衝撃を受けた。すぐに著書『現代落語論』を読んだが、まったく意味がわからない。あっさり噺家をあきらめた三浦の前に新たなスターが現われた。ダウンタウンだ。

 

「当時はダウンタウン全盛期で、僕の中でとにかくあんなふうに売れたい、お金が欲しいと思いました」

 

 三浦は18歳でNSC大阪13期生となる。同期にはブラックマヨネーズ次長課長徳井義実(チュートリアル)らがいた。

 

「『俺はすごく売れて、日本を代表する芸人になる』って思ってましたが、NSCに入ると、同じようなやつばかり。才能があるかどうかもわからないのに自分が天才だと思う、いわゆる “ダウンタウン病” です。ダウンタウンさんみたいな憧れてはいけない人に、憧れてしまったんです」

 

 1994年、入所2年めにお笑いコンビ「トライアンフ」としてデビュー。自信に反して「まったく売れなかった」。

 

 3年後、限界を感じコンビを解散。ピンでお笑いをやることを決めて上京。ひたすらコント台本を書き、劇場で3分間のコントを披露し続けた。

 

「自分が表現したい笑いと、世間にウケる笑い、自分に合っている笑いは当然違います。当時の僕はそれを判別できず、今は○○がウケているから、○○をやるか……と、なんとなくやっているだけでした」

 

 鳴かず飛ばずのまま時間だけが過ぎていった。世間ではネタ番組がブームとなり、吉本の後輩たちがどんどん自分を追い抜いていく。

 

「なかでもロバート秋山竜次さんは鮮烈でした。何をやってもかなわないすごくおもしろい人が出てきたと……」

 

 27歳になった三浦は、自分の中の変化に気づいた。

 

「もう情熱がなくなってたんです。才能はまだしも、お笑いを続ける情熱がなくなったらおしまいです。たとえば、同期のチャンス大城。20年以上前から芸風をまったく変えずに、今売れている。彼の情熱はすごいと思います。本当にリスペクトしています」

 

「お笑いは大好きだけど、自分が進む道ではない」と確信した三浦は、大阪時代からかわいがってくれた先輩・千原ジュニアに「芸人をやめ、俳優に専念する」ことを告げた。

 

「ジュニアさんは『お前がそう思うなら、そうせえ』と、止める仲間もいるなか、後押ししてくれました」

 

 27歳の挫折だった。

 

■もう「俳優」という商売しかできない

 

 芸人時代から映画出演の経験があった三浦は、そのツテでオーディションを受けまくった。芸人だった経験は、そこで有利に働いた。

 

「オーディションは脚本を渡され、それを正確に演じるものなんですが、僕はそれを無視したんです」

 

 自分のエッセンスを加え、役を壊していった。すると……、「監督たちが『君、変わってるね』という捉え方をしてくれたんです。これが、お笑いを経験した自分にとっては武器でした。芝居の舞台などの経験もなく、演出家に怒られたこともなかったからできたのかもしれません」

 

 だが、 “元芸人” が弱みになることもあった。ワンテイクごとに演技を変えて演じる三浦に、「芸人崩れが」と陰口をたたく人も現われた。

 

「俺、崩れてんのかぁ……と、悔しかったですね。芸人のときは、自分がどれだけサクセスできるかばかりを考えてました。俳優になったとき、それは1回横に置いて、演じるということにその都度向き合うと決めたんです。

 

『お笑いをやっていた』と思われない俳優になりたいんです。もう僕には俳優という職業しかできないですから」

 

 そのために欠かさず続けている取り組みがある。

 

「自分の中で役や演技の整合性をとるため、目に見えない部分も台本に書き留めているんです。自分の考えだけでなく、監督とのやり取りもすべて書き込んでいます。

 

『きょうのできごと』(2004年)で、僕の台本を見た行定勲監督に『これをずっと続けろ。続けたら君は俳優をやっていける』とアドバイスされたのも続ける理由です」

 

 又吉直樹原作の映画『火花』では、挫折したお笑い芸人・大林を演じた。

 

「『もうお笑いの舞台に立つことはない』と思っていたので嬉しかったですね。あの役は、僕にしか演じられないという気持ちもありました。売れない芸人の気持ちを誰よりもわかっている俳優は自分だけですから(笑)」

 

 2017年、「俳優として一生やっていける」と確信した出来事があった。ネットフリックス制作の映画『アウトサイダー』のオーディションに参加したときのことだ。

 

「プロデューサーのアート・リンソンに『君のプライベートはどんな感じだ』と聞かれたんです。『最近、子供が生まれましたが、俳優としてはまだまだ売れていません』と雑談をしました。オーディション演技後に『ミウラは大丈夫だ。役者を絶対に続けろ』と強く言っていただき、役をもらいました。初めてのハリウッド作品で役を得て、僕の中では大きな自信となりました」

 

 お笑い芸人を演じ、ハリウッド映画にも出演した三浦は、12月16日公開の最新作『ケイコ 目を澄ませて』で岸井ゆきの演じる主人公を支えるボクシングトレーナーを演じている。

 

「30歳くらいから、ボクシングジムに通っています。今回の映画では、実際のジムの中が、どういったタームで人々が動いているのかなど、リアルな部分の表現に力をお貸しできたと思います」

 

 三浦には夢がある。

 

「僕は映画賞への欲は一切ないんです。海外の有名な映画祭に出たいみたいな気持ちもない。主演や脇役とか、それすらも考えない俳優でいたいです。この職業を死ぬまでまっとうして、そのなかで1作でいいから100年後に残っているような作品に関われたら嬉しい。後世の人が観て『おもしろい』と思うような作品に、現代を生きる僕が俳優として関わっている。そうなれたら素晴らしいです」

 

みうらまさき
1975年11月16日生まれ 和歌山県出身 NSC大阪13期生で1994年にお笑いコンビ「トライアンフ」としてデビュー。コンビ解散後2003年に俳優に転身。以後映画を中心に100本以上の作品に出演。おもな出演作に映画『海炭市叙景』(2010年)、『ディストラクション・ベイビーズ』(2016年)、『火花』(2017年)、Netflixのハリウッド作品『アウトサイダー』(2018年)など。最新作『ケイコ 目を澄ませて』が12月16日公開

 

【あさひ食堂】
住所/東京都世田谷区池尻3-3-2 
営業時間/18:00~翌1:00 
定休日/なし

 

写真・野澤亘伸 
ヘアメイク・KOTO

( 週刊FLASH 2022年12月20日号 )

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