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AKB48に終止符「武藤十夢」を支え続けた「大島優子への憧れ」…オーディションから12年間見守った記者が明かす成長物語
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2023.03.10 19:54 最終更新日:2023.03.10 20:00
AKB48・武藤十夢の卒業公演が、3月8日、東京・AKB48劇場で開催された。12年間にわたるアイドル生活に終止符を打った形だ。
武藤のことはオーディションから見てきた。
2011年2月、AKB48は12期生オーディションを開催した。二次審査を通過した彼女は、最終審査を受けるため、都内のスタジオにやって来た。
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当時の取材ノートを見返す。最終審査に進んでいたのは39人。13期生で合格した者もいれば、のちに別のグループに合格した者もいる。名前が回文だったせいか、高校生だった武藤十夢のことは印象に残った。
歌唱審査後の簡単な質疑応答では、「思ったよりも緊張しなかった」と答えた。審査の末、武藤は21人の仮合格者に名を連ねることができた。
セレクション審査(仮合格の状態から正規の合格者を決めるためのテスト)がおこなわれ、同期は武藤を含む9人でスタートすることになった。そのなかで、武藤は決して目立つ存在ではなかった。ここから、どうすれば同期に追いつけるのかを探し求めるアイドル人生が始まった。
彼女が憧れたのは、大島優子だった。圧倒的な人気と知名度を誇り、選抜総選挙でも1位を獲得している。コンサートでは人目を惹きつけるエンターテイナーぶりを発揮。「私もあんなスターになってみたい。自信たっぷりに踊る大先輩はまぶしく見えた」と言う。
運のいいことに、武藤は大島と同じチームに配属された。これが人生を拓いていく足がかりになる。
2013年後半あたりだっただろうか、武藤は「優魂継承(ゆうこんけいしょう)」と盛んに口にし始める。「私が優子さんの魂を受け継ぎます!」というわけだ。少々荷が重いようにも感じられたが、本人の一大決心をとがめる者はいなかった。
ところが、大島をはじめとした “神7” の威光はあまりにも強かった。次々と卒業していく先輩たち。大島もいなくなった。自分がこのグループで明確な役割を果たしたい。そう願ったのに、選抜には入ったり落ちたりを繰り返した。そんな自分が不甲斐なかった。中堅メンバーと呼ばれるようになっても、自信は身につかなかった。
武藤は、気象予報士へ挑戦することにした。番組の企画としてスタートしたのだが、それもこれも「自信をつけてほしい」と番組スタッフが願ったからだった。
気象予報士への道は険しい。合格率は数%。成城大学に在学中だったため、通常の学業、アイドルとしての業務に加えて、気象予報士の勉強までこなす必要が出てきた。
悲鳴をあげながらも、8回めの試験でようやく合格証書を手にした。勉強を始めてから5年が経っていた。
当時のことを本人に振り返ってもらうと、「自信になりました」と答えている。そう、ここでやっと自信がついたのだ。やればできる。しかも、私にしかできないものがやっと手に入った。この頃から、人が変わったように前向きになっていった。
2年前には国家資格のFP(ファイナンシャルプランナー)2級も取得。昨年は防災士の資格までゲットした。資格とともにアイデンティティを獲得した。
先月、彼女に取材をしたところ、こんな言葉を残してくれた。
「私は先輩たちの姿を見ていました。そのいいところを吸収していけば、オリジナルになれると信じていました。そういう環境に置かれたことがよかったです。私は優子さんにはなれなかったけれど、その代わり、自分らしさを手に入れました」
偉大なる先輩に憧れたこの12期生は、2代目大島優子にはなれなかったが、初代武藤十夢になれた。生きていく上で自信をつけることがいかに重要か――。そんな教訓を残してくれた12年のアイドル人生だった。
取材・文/犬飼華
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