9月に宝塚歌劇団・宙組所属のAさん(享年25)がパワハラを受けて自死したとされる件をめぐって、劇団側は外部の弁護士によるチームに調査依頼し、11月14日に記者会見を開いた。しかし、「いじめやハラスメントは確認できなかった」などと疑惑を否定するばかりで、Aさんの無念は晴れなかった。ここでさらに、宝塚の隠蔽体質が露わになった。
宝塚内のパワハラは時折問題化してきた。2013年には、いじめ被害が遠因で宝塚音楽学校を退校処分とされ、後にAV女優(芸名は高塚れな・秋葉あかね)となった元生徒が、学校相手に卒業資格を争う裁判を起こしている。
2020年には、先輩の乗る阪急電車への一礼や大声での挨拶といった生徒間に受け継がれてきた不文律、そして上級生による下級生の一対一での「ご指導」を同校は廃止。結果的に、古き悪しき「伝統」が明るみになった。
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また、2022年12月には、演出家・原田諒氏(42)が「団員やスタッフにパワハラやセクハラを繰り返した」との疑惑を週刊文春が報じ、この件では劇団側も「ハラスメント事案を確認した」と発表したばかりだ。音楽学校も劇団もいじめやハラスメントの温床と化していた可能性が高いにもかかわらず、根本的解決策が打ち出されぬまま、Aさんという新たな犠牲者を生んでしまった。
筆者は2022年6月、宝塚歌劇に挑戦する男子中高生が集う東海高校カヅラカタ歌劇団の取材記を書籍にまとめた。カヅラカタ歌劇団には元タカラジェンヌの指導者がおり、現役もお忍びで観劇に訪れるほど。筆者自身、“宝塚沼”にハマった口であり、カヅラカタ歌劇団に関わる元タカラジェンヌや公演に押し寄せる観客などを通じて“宝塚愛”を実感している。だからこそ、Aさんの不幸な顛末は他人事とは思えない。
実際、筆者が取材したカヅラカタ歌劇団で指導に当たる元タカラジェンヌも、Aさんが受けたものと同様の“指導”をのべつ幕なしに被った結果、摂食障害となった。元タカラジェンヌはこの事実を自身のブログ等で明らかにしているが、筆者は直接当人に話を聞き、その理不尽な指導がいたいけな宝塚乙女の心身の健康に悪影響さえ及ぼす、としかと知った。
この元タカラジェンヌの同期であり親友に、元月組トップ娘役の美園さくらさんがいる。2013年に99期生として劇団に首席入団し、2018年に月組トップ娘役に就任。珠城りょうとのコンビで多くのファンを魅了し、2021年に退団すると、2022年4月から慶應義塾大学大学院に進学し、心の問題を相談する環境をネット上に構築することを目標に、真摯にリスキリング(学び直し)に励んでいる。
美園さんは退団後、さまざまなメディアの取材に応じ、トップの座に上り詰めても、プレッシャーに脅かされた日々を述懐。例えば2022年3月13日付の産経新聞では、トップ娘役になってからは「1日たりとも気が抜けなかった」とし、過度のストレスが原因とみられる湿疹が全身に広がり、ステロイドを服用していた時期もあったと明かしている。
また、日本人の若年層の自殺死亡率の高さがずっと気になっていたと、美園さんは多くのメディアで語っている。自身も宝塚という抑圧の強い世界で何度となく押し潰されそうになったからだろう。今夏、筆者も美園さんに会い、当時の話を聞くことができた。音楽学校生(予科生)が帰寮後、先輩の指導を受けるという「お話し合いの部屋」について、美園さんは苦笑混じりに語っていた。30数人の予科生は、部屋の壁一面にその日の“反省文”を貼り、体育座りでじっと待つ。本科生から廊下に呼び出されると、改めてその反省を口頭で伝えるのが伝統だった。
そして、美園さんが「芸能界には金輪際戻りたくない」とキッパリと言ったことには驚かされた。役者としての新たな活躍の場を見定めるため、当座学業に専念しているものと筆者は思っていたからだ。
見た目の可憐さとは裏腹に、ウィットに富んだ語り口の美園さんからは、映画やドラマでも女優として十分通用する資質が伝わってくる。「学びの経験を演技にも活かせるのでは?」と食い下がる筆者に、美園さんはさっぱりした表情でこう語るのみだった。
「人間関係も大変だったし、才能や努力だけでは認められない。もうあんな苦労をせずにすむし、今はとっても充実しています。毎日が楽しいです」
それだけ宝塚では消耗したのだろう。また、美園さんはもともと進学校出身で勉強が得意だ。在団中からセカンドキャリアを考え、通信制大学で学びを続けていた。トップ娘役となって休学を強いられたが、退団後すぐに復学している。賢明な“逃げ道”を自ら用意できていたのだ。
一方、Aさんはどうだったのか。周囲の証言をさらに集める必要があるが、報道に目を通す限り、どうも「お話し合いの部屋」が歌劇団入団後も常態化し、精神的な軟禁状態にあったと見受けられる。美園さんは「AERA.dot」の2022年7月28日配信のインタビューでも、悩める若者が多い現状に対し、「逃げる場所が『死』ではなく、もっといろんな逃げ場を持てる社会であってほしい」と語っている。しかし、Aさんは美園さんが危惧する場所にしか逃げられなかった。
宝塚大劇場内には「宝塚歌劇の殿堂」と称する施設があり、観劇前後の観客にその歴史と伝統の凄みを見せつけている。出身の有名女優は綺羅星の如く。だが、そのうちの小柳ルミ子や黒木瞳、天海祐希といった錚々たる役者たちが、パワハラ・いじめを受けた、と過去の出演番組などで認めているのだ。そこからもわかるのが、パワハラをした当事者だけに責任があるのではないことだ。過ちを組織的に繰り返し、“伝統”にさえしてしまう、時代錯誤な劇団の体質に問題の多くが起因するのは明白だ。
というのに、劇団側はその悪しき伝統を根本から改めようとしない。これでは第二、第三の被害者が出てきてもおかしくはない。早急にこれまでの非を認め、過去に遡ってまで被害者ならびに加害者の査問をし、内情を明らかにしたうえで、膿を出し切らねばならないだろう。
文・鈴木隆祐
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