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『坂本冬美のモゴモゴ紅白』・第5回/「目標は『紅白』です!」とは言いつつも、山奥の民家で歌っていた新人歌手にとっては遠い夢の舞台だと

瀬川伸(左)と瀬川瑛子
東芝EMIが自信を持って贈る大型新人、 “もぎたて演歌” のキャッチフレーズでデビューした年、1987年の大晦日に放送された『NHK紅白歌合戦』。いわば、プロの歌手として初めての『紅白』が、この第38回です。
といっても、そのステージに立てたわけではありません。
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ーーみんなで、賞を獲りに行くぞ!
社長の号令一下、スタッフの皆さんのお力で、数ある新人賞を両手の指では足りないほどいただきました。もしかしたら社長は、その勢いで『紅白』も…という幻を見ていたのかもしれませんが、毎日毎日スケジュールをこなすので精いっぱいだったわたしは、それどころじゃありません。
演歌の新人歌手が、みかん箱の上に立って歌うのは当たり前。お一人お一人に「今度、デビューした新人の坂本冬美です。どうかよろしくお願いします!」と頭を下げ、握手をさせていただく。それが、新人の通る道だと思っていましたし、その覚悟もあったのですが……。
一日のスケジュールは、その土地その土地のレコード店におまかせで。カラオケスナックということもあれば、カラオケ教室ということもあるし、ときには一般のご家庭ということもありました。そうそう、隣に牛舎のある山奥の民家で歌ったこともあります。
浴衣姿で玄関脇に待機。ずらりと並んだ、ご近所の皆さんの履き物の間を縫うように進み、「失礼します」「お邪魔します」と言いながら前へ前へと歩き、工事現場で使用しているような強烈な光を浴びながら、タンスをバックに『あばれ太鼓』を熱唱です。
今日も明日も明後日も、そのまた次の日も、一日のスケジュールをこなすのに、ただただ必死の毎日で。『紅白』を意識する余裕もありませんでした。
「目標は『紅白』です!」
新聞、雑誌のインタビューで「目標は?」と質問されるたびに、そう答えていましたが…もちろんそれが最終目標であり、いつかは辿り着きたい場所でしたが、遠い遠い夢だと思っていました。
この年の暮れには、日本武道館でおこなわれた『第29回日本レコード大賞』に出演。
うわぁ〜〜〜〜、(中森)明菜ちゃんがいる。あっちには五木(ひろし)さんが……。ん!? (石川)さゆりさんはどこにいるんだろう?
新人賞をいただいた身でありながら、気持ちはデビュー前の一ファンに戻り、本物のスターが放つ眩しいオーラに酔いしれていました。
記憶にやや不安はありますが、おそらく社長の後ろにくっついて、関係者の方々に挨拶まわりをすませ、除夜の鐘を聞きながら日枝神社で初詣。録画していた『紅白』を観たのは、翌日だったような記憶があります。
えっ!? 白組トップバッターが大ベテランの森進一さんで、紅組は八代亜紀さんだった? ウソ…ですよね? え〜〜〜〜っ、本当に? アイドルの人じゃなくて? 本当に本当に、森さんと八代さん?
ごめんなさい。記憶に……モゴモゴモゴ。
うっすらと覚えているのは、『日本レコード大賞』でご一緒したはずの明菜ちゃんを見て、「すごいなぁ」「かわいいなぁ」「やっぱり、スターは違うなぁ」と、羨望の眼差しでテレビ画面を見つめていたことくらいです(苦笑)。
さかもとふゆみ
1967 年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、最新アルバム『浪花魂』が好評発売中!
写真・中村 功、産経新聞
取材&文・工藤 晋