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『坂本冬美のモゴモゴ紅白』・第6回/初出場でド緊張のわたしが “夢舞台” で覚えている「3つの思い出」

昭和最後の、そしてわたしにとっては初めての夢舞台。それが、この年の大晦日に放送された『第39回NHK紅白歌合戦』です。
春に発売した2枚目のシングル『祝い酒』がたくさんのファンに愛され、キャンペーン先でも「冬美ちゃーん」「待ってたよー」と声をかけていただけるようになってはいましたが、わたしにとって『紅白』は夢のまた夢、遠い存在……だと思っていました。
なんとなく、周囲がざわつき始めたのは、夏の終わりごろからです。面と向かってわたしには何も言わないのですが、そわそわしている感じがあって。えっ何!?もしかして『紅白』を意識しているの?と思った記憶があります。
みんなのギアが一気に2段階上がったのは、10月に新宿コマ劇場での初リサイタルが終わったあたりでした。
大変なことになったぞ。どうしよう? わたしは……どうなっちゃうんだろう?
戸惑いと不安で、とにかく目の前のことをこなすので精いっぱいのわたしを尻目に、スタッフは一丸となって『紅白』初出場を目指し、全力で走り始めていました。
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「決まったぞ!」
社長の言葉を聞いたのは、新幹線の中です。
嬉しかった?もちろんです。ただ……どこか他人事(ひとごと)のような感じもしていて、猪俣(公章)先生の「よぉし!」という気合の入った言葉にも、両親の「おめでとう!」という言葉にも、「うん。頑張る」とだけ返していました。
そうか、わたしは『紅白』に出るんだと実感したのは、初出場の人が集まって記者会見に臨んだ時です。
まばゆいフラッシュを浴びながら、内心では「うわ〜〜〜〜〜〜っ!」と叫んでいました(笑)。
リハーサルは3日間。初日は、紅白司会の和田アキ子さんにご挨拶をさせていただき、音合わせ。2日めは全員が集合して一人ずつ名前を呼ばれ、ステージに上がって紹介されるのですが、これがまた難行苦行で。ド緊張で顔は引き攣(つ)りっぱなしです。
だって、考えてもみてください。『紅白』というだけでも緊張するのに、ステージ上には、大、大、大先輩がずらりと並んでいて、ステージに立ったわたしを見つめていらっしゃるんですよ。心臓がバクバク、膝はガクガクです。
本番当日は、新宿コマ劇場の『年忘れにっぽんの歌』(テレビ東京系)から、武道館の『日本レコード大賞』(TBS系)、そして、NHKホールの『紅白歌合戦』と、生放送3連発。移動して着替えて、歌ってまた移動して、着替えて歌って……デビュー2年めのわたしには、もう何がなんだかです。
覚えているのは3つだけ。ひとつめは、泣かずに最後まで歌い切ったこと。
2つめは、歌う前の舞台袖で、(石川)さゆりさんが、「行ってらっしゃい」と優しく背中を押してくださり、フィナーレの『蛍の光』で、さゆりさんが、ぎゅっと手を握ってくださったこと。
3つめは、次の出番を待っていた桂銀淑さんが「冬美、なんで泣いてるの?嫌だ、私も泣いちゃうじゃない」と、目を赤くしながらステージに向かったことです(苦笑)。
都はるみさん、森昌子さんという演歌の大スターお2人が、一時期マイクを置き、その空いた席にひょっこり座らせていただいたわたしはラッキーでしたし、恵まれていました。
さかもとふゆみ
1967 年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、最新アルバム『浪花魂』が好評発売中!
写真・中村 功、共同通信
取材&文・工藤 晋