エンタメ・アイドル
サンドウィッチマン対談「つらくても『今だけだよ、つらいのは』」
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2018.03.18 06:00 最終更新日:2018.03.18 06:00
2018年9月で結成20周年を迎えるサンドウィッチマンが、この日訪れたのは表参道。浜崎あゆみやピコ太郎ら、有名アーティストを輩出してきたエイベックス。2017年12月にグランドオープンした超スタイリッシュな新社屋は、彼らの目にどう映ったのだろうか?
伊達みきお「僕もサラリーマンを5年やってましたけど、もう規模が全然違いすぎて……(苦笑)。とにかく近代的だし、こういう環境で働く自分が全然想像つかないです。僕ら、いまだにガラケーですからね。正確にはガラホに替えたんですけど」
富澤たけし「まず僕らには合わないでしょうね。落ち着かないと思います」
伊達「入館時にカードリーダーみたいなもので、いちいちピッてやらないといけないじゃないですか。あれがもう無理ですね。絶対なくしちゃう」
いまや、さまざまなお笑い芸人ランキングで常に上位に顔を出すほど好感度の高い2人だが、自分たちの20周年を伊達は「食えなかった10年と、食えるようになった10年」と、しみじみと振り返る。
2人は高校卒業後、いきなり芸人になったわけではない。伊達はサラリーマン、富澤はパーキングのアルバイトを経験している。
伊達「僕は福祉用具を扱う会社に勤めてたんですけど、ちょうど高齢者が一気に増えはじめた時代で、すごく忙しかったんですよ。毎朝7時台に出社して、夜中2時まで仕事してましたから。当時はブラック企業なんて言葉もないし、そんなの関係なく、みんなめちゃくちゃ働いてましたね。仕事が山ほどあって、死ぬほど忙しかった」
富澤「僕はずっとパーキングのバイトをしてたんですけど、そのバイト先は勤務中にゲームとかできたんで。ストレスが溜まらないように環境作りをしてました」
伊達「ストレスの溜まらない職場だっただけだろ! 僕のストレス発散? たまにバッティングセンターに行ったり。休みの日はだいたい寝てたけど、草野球もやってました。労働環境はハードでも、社員の仲間たちが楽しい奴らだったから、やれてたのかな」
そんな彼らも、苦手な先輩や上司がいたはず。“嫌われない芸人” の彼らは、そうした人とどんなふうにつき合ってきたのか。
伊達「僕はそういう人には、わりと自分から入っていっちゃうんで。たぶん、そうするほうが後で楽だと思う。へんに避けるよりも、あえて近づいちゃうほうが賢明ですよ」
富澤「そこは僕も同じ。苦手な上司がいても、ただの愚痴になっちゃうとおもしろくないと思うんですよ。だから仲間で上司の悪口を言うようなときでも、ちゃんと笑いにすることが大切」
今、ストレスを抱えて生きるサラリーマンにメッセージをお願いすると、こんな答えが返ってきた。
伊達「僕らが食えなかった時代には、財布に100円も入ってないことがありましたからね。30歳近いときに、マックで売っていた100円のコーヒーが買えなかったときの悲しさ……。それで、後輩に奢ってもらったりね。
あとはタバコを買うか、電車に乗るかの二択を迫られたときがあって、結局タバコを買う選択をして、2人で目黒から当時住んでいた板橋まで歩いたりとか。あのころは暗黒期でしたね。
皆さんも辛いときがあるかもしれないけど、人生って平等だと思うんですよ。絶対、辛い思いした人は、後で幸せになる。辛いままでは終わらないし、『今だけだよ、辛いのは』って言いたいですね」
富澤「辛いときこそ、番組(『サンドウィッチマンのぶらり即席コントの旅DX』)を観て笑ってほしい。僕らのコントで笑えるうちは大丈夫」
伊達「ガチで即興なので、笑えないコントのときもありますけど(笑)。それは気をつけます!」
(週刊FLASH 2018年2月27日号)