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純烈・白川裕二郎、元力士のセンター「母は電話ガチャ切りで」エンタメ・アイドル 2018.12.30

 

 紅白初出場が発表されて以来、彗星のごとくテレビや雑誌、ネットニュースを席巻している男性5人組がいる。スーパー銭湯や健康ランドを主戦場とし、歌と踊りで魅せるコーラスグループの「純烈」だ。

 

 平均年齢は40.4歳、楽曲はオリジナルのムード歌謡を中心に、年間100カ所近くで公演を行う彼らは、中高年マダムを中心にカリスマ的な人気を誇っている。その現象自体はメディアを賑わせているが、それぞれのメンバーは一体どんな人物なのだろう。

 

 

 純烈の顔ともいえるリードボーカルで、紅白で披露する楽曲『プロポーズ』でセンターを務める白川裕二郎(42)に、腰を据えて話を訊いた。

 

――紅白出場おめでとうございます。

 

「ありがとうございます! といっても、いまだに信じられなくて……。ただただ、ファンの皆様、スタッフさん、NHKさん、それから取材にきてくださるマスコミのみなさんに感謝の日々です。

 

 いまはとにかく、怪我や事故を起こさないよう細心の注意を払っています。あとは風邪をひかないようにとか……。本番が近づくにつれて、ビクビクしています。小心者でして(笑)。

 

 純烈は結成当初から『夢は紅白』と言い続けてきました。11年かけてきた夢の舞台ですから、しくじれません。歌う曲が『プロポーズ』に決まったばかりで、まだ不安もあります。

 

 あ、1つ身近に変化を感じていることがありました。紅白出場が決まる前は、『今年こそ』という応援の意味を込めて『おひねり』をたくさん頂いていまして、それで何とか純烈の活動だけで生活できていました。

 

 ところが最近テレビに出させていただくようになって、『紅白が決まったから売れた』と思われてしまったのか、頂けるおひねりが減ってきまして……生活がちょっと厳しくなっています(笑)」

 

――ステージや撮影会の堂々としたセンターぶりを見て、クールなイケメンキャラだと思っていましたので、ギャップに驚きです。白川さんは純烈のなかで、どんなポジションですか?

 

「ええと……『たまに壊れるボーカル』でしょうか。自分のなかのリミッターが外れると、ステージでも平気で変なことを言ってしまって、メンバーだけでなく、ファンの皆様も呆れさせてしまうという。

 

 最近でも、メンバーが集まるミーティングで、真剣に紅白の話をしているときに、脈絡なく『風呂はいりたいな〜』と心の声をこぼしてしまい、気がつくとポカン顔が4つ並んでいました」

 

――そのときの空気が伝わってきました(笑)。白川さんは「元力士」という異色の経歴をお持ちだとか。

 

「はい、朝日山部屋(現在とは違う系譜)に入門しました。土俵を踏んでから1年ほどで引退してしまったんですが……。力士としては体が細くて、増量のための食事が苦しかった。

 

 相撲をやめて良かったとは言わないですが、痛かったですし(笑)、『もう一度やれ』と言われてもできないですね。力士時代の名残りはもうほとんどないのですが、稽古のおかげでいまでも体は柔らかくて、『股割り』が出来るくらいです。

 

 あともう1つ、いまも綺麗な女性を見ると『金星』と言ってしまうことがあります。相撲中継などで勝ったら『金星』といいますよね? そこから転じて、『美人』のことを『金星』と呼ぶ風習があって」

 

――紅白出場を遂げて、白川さんは「大金星」ですね。いまとてもスリムですが、いつからその体型なんですか?

 

「力士をやめたあと、母にすすめられて俳優を志し、運良く『忍風戦隊ハリケンジャー』のカブトライジャーに採用していただいてデビューが決まりました。

 

 そのとき85kgあったんですが、炭水化物をぬいて野菜中心の生活に変え、あとは走ったり、運動しまくって74kgに絞りました」

 

 

――白川さんはどうして純烈に加入したんですか?

 

「11年前、当時母が74歳で。僕は母に片親で育ててもらったので、俳優の頃から『なんとか親孝行したい』という強い気持ちがありました。力士も俳優も大成しなくて、焦りもありました。

 

 そんなときヒーロー俳優仲間だったリーダー(酒井一圭)に、『ムード歌謡をやって紅白に出て、親孝行しよう』と言われて。あまり考えずに『そうだな』と思って加入を決めたんです。

 

 ほかのメンバーもみんな同じようなことを言っていると思いますが(笑)、『事務所もレコード会社もデビューも決まってるし、2、3年で紅白に出られる!』と言われていました。

 

 もちろんそれはリーダーの嘘で、いまは嬉しくも笑い話になりましたが、よそから聞いたら完全に詐欺師ですよね(笑)。

 

 ちなみに紅白出場を聞かされた日、混乱しながらNHKでの会見に出た後にすぐ母に電話したんですが、『何を言っているかわからない、切っていい?』と、電話をガチャ切りされてしまいました」

 

――11年の活動中、ご苦労も多かったでしょう。

 

「そうですね……。でも、じつは一番は自分自身の問題で、歌が下手だったんです。当初ボイトレをしても音が聞こえづらく、音程を外すことが多いのが悩みでした。

 

 不安に思って病院で検査をしてみたら、両耳が難聴ぎみで聞こえが悪いことがわかったんです。いまはトレーニングなどのおかげもあってやや改善されたのですが、リードボーカルとしてツラい時期が長かった。

 

 そういえば純烈って不思議な運があるんです。11年やっていて、何度か解散の危機や、脱退の危機もありました。でも、そういうときに限ってなにか良いことが起きたり、誰かが手を差し伸べてくれたりと、運と縁にめぐまれてここまでこれました」

 

――見えない力に守られているんですね! さて紅白目前ですが、お母さま以外には誰に気持ちを伝えたいですか?

 

「中学校の先生です。担任の先生で、いろいろ助言をいただいたり、本当にお世話になりました。純烈に入ってから忙しくなって同窓会など出られないのですが、もう42歳ですし、いつか出席して感謝の気持ちを伝えたいですね。

 

 それからやっぱりファンの皆様です。年配の方が『純烈に会うために頑張って病気を治した』とか、そういったお話をしてくださったときは、体にパワーがみなぎるんです。

 

 うちのファンの方々の熱は本当に強烈で、ご自分に掛けた保険を解約してまで応援してくださる方や、もう家一軒買えるほどCDを購入してくださった方もいます。

 

 だから紅白のステージは、ぼくら5人だけでなく、そんなファンの方々との合作だと思っています」

 


しらかわゆうじろう
42歳 1976年12月11日生まれ 神奈川県出身。朝日山部屋に入門した元大相撲力士で、四股名は「綱ノ富士」。引退後、2002年に『忍風戦隊ハリケンジャー』で俳優デビュー。2007年に親孝行を志して「純烈」に加入、リードボーカルを担当

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