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いまこそ明かす「スター来日秘伝」ビリー・ジョエル1972&1995年
エンタメ・アイドルFLASH編集部
記事投稿日:2019.03.29 16:00 最終更新日:2019.04.23 11:27
夜な夜な必死にラジオをエアチェックした、思春期のあのころ。いわゆる「外タレ」たちのサウンドに、日本中が夢中だった。そして待ちに待った来日公演、ポスターには「ウドー音楽事務所」と書かれていた。
同社50周年を機に、当時のスタッフが「いまだから明かせる」スター来日の舞台裏、豪快に過ごした夜を、プレミアムショー形式でお届け!
●Billy Joel(1978&1995)
「1978年、ビリー・ジョエルは日本ではまだ無名だった。ある日、『オーストラリアに行くので、ホテル代と飛行機代を持ってくれれば、ギャラはなくても日本に寄って公演をしたい』とウドー音楽事務所にテレックスが入った。
だが、ビリー側が希望する日程では、空いている会場がない。唯一のアイデアは、スコーピオンズの公演のために押さえている中野サンプラザ。そこでやるしかなかったが、社内でも大混乱。結果、ビリーは昼公演という形で実現。チケットは60分で完売した。
時は流れ1995年、阪神・淡路大震災。大阪公演を控えていた一行は『ホテルプラザ』に滞在していた。地震発生後、ビリーを大捜索。ビリーはすでにロビーにいて『僕自身はライブできるよ』と言った。だが、大阪市の要請で1月17日の公演は中止になった」
資料提供・ウドー音楽事務所
(週刊FLASH 2019年3月19日号)