「新喜劇にまったく興味がなかった」少年は、「新喜劇のために」と繰り返す座長になった。何が小籔千豊を変え、何に突き動かされているのか。嫌われても憎まれても、吉本新喜劇のために。
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――新喜劇における小籔さんの転機はいつだと思いますか?
入って2年目ですね。やめるリミットが近づいてて、このままチンピラの役やったらヤバいわと思ってたときに、とある社員が走ってきたんですよ。「小籔さ~ん、打ち合わせで内場(勝則)さんが『これからは小籔を推していく』って言ってましたよ~!」って。それ聞いて「ウソつけ!」って思ったんですけど、その次の週には実際にメッチャいい役をもらったんです。
――それは大抜擢だったんですか?
そうですね。だから、めちゃくちゃテンパりました。セリフも増えたので覚えたつもりでも、目の前に相手役の人が近づいてくると「俺、この人といまから何しゃべるんやったっけ、こわ、こわ!」ってなって。相手のセリフを聞いて、なんとかギリギリでやりとりしてました。
――そんな状況で、急にアドリブが来たりしたら大変でしたね。
アドリブのほうがまだいいんですよ。自由に返せるじゃないですか。でも、決まったことを言わないといけない状況で、僕が間違えたら流れがむちゃくちゃになってまう。それが一番こわいんです。
――内場さんからは抜擢の理由を聞きましたか?
それがわからないんですよね。それまで内場さんの座長週では、もちろん内場さんが一番ボケるええ役で、そこにツッコミの人がおるという形やったんですけど、そのあと何年かは僕をボケる役にして、内場さんがツッコミをしていただいてたんです。ボケとして育てていただいた感じですね。
――座長に就任してからの公演で印象に残っているものはありますか?
やっぱり最初の公演ですね。僕が演じる記憶喪失の男のところにヤクザがやって来て「あいつ殺せたんか?」って言うんですよ。僕は人を殺しに行くところだったんですけど、記憶をなくしてその人たちと仲良くなってて、どうしようどうしようと。そこで、いままで悪いことをしてたけど、今日から生まれ変わってがんばりますというメッセージを座長就任と、かけたんです。
――その台本は作家の方と作られたんですか?
ほとんど僕ですね。僕の台本の作り方は、まずは白紙の段階で打ち合わせをします。そこでバーッとアイデアを言って、次にそれを作家にまとめてきてもらうんです。そこからさらに修正を加えながら、完成させていきます。仕上がるのは公演の前日とかになることも多くて、公演中も修正していくんです。
僕から下の人間は、いまはほとんど自分で考えるようになってると思います。だから、いまは座長の言ったことをうまく台本にまとめられる能力の高い作家が必要とされてるんじゃないかなと思います。
――お話はどのように作っていくんですか?
考え方はいっぱいあります。たとえば「箱女」という話は、いままでになかったことをやりたいと思って、座長が出てない台本は新しいんじゃないかと詰めていきました。座長が出てないといっても、チョイ役ではアカンし、だったら箱の中に閉じ込められたまま、声だけでツッコんで笑いを持っていったら新しいんじゃないかと。スタートはそこでしたね。
あとはメッセージ先行ということもありました。このあいだやった、僕がニートで(酒井)藍ちゃんがピーターパンの格好をして出てくる舞台は、子どもたちに親に感謝したり、社会に貢献するために働くことは大事だということを伝えたくて作りました。
――代表的なキャラクターである「シスター小籔」は、どのようにできたんでしょうか?
なんとかテレビの視聴率を上げたかったんですよ。どうしたらテレビをザッピングしてるときに手が止まるかなと考えてて、新喜劇で僕がうどん屋の格好してたら変えられてしまうけど、なんやこいつって格好をしてたら止まるかもと思ったんです。
なので、あの台本はビジュアル先行ですね。あとは、藍ちゃんやすっちーにええ役させたいって思って作ることもあります。
すっちーとやってるオタクのキャラクターは、すっちーが座長になる前に、ええ役やらせたくて作ったんですけど、僕が最初に抜擢してもらったときメッチャ緊張したのを覚えてるから、僕が横についてフォローできるようにふたり組にしたんです。
あとは勝手にバーンと全体の構成が降りてくるようなラッキーなこともごくたまにありますし、本当にいろいろですね。でも、基本的にはみんな僕がやりたいことをやらせてもらってます。
(吉本新喜劇60周年公式スペシャルブック)