「この年まで役者をやっていて、あらためて『初主演』といわれるのは恥ずかしいですね」
そう語るのは、日本を代表するバイプレイヤーのひとり、松重豊。テレビドラマ『孤独のグルメ』の主人公・井之頭五郎役などで知られる彼だが、意外にも10月4日公開の『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』(原作・ヒキタクニオ、光文社文庫)が、映画初主演となる。
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「刑事ものや時代劇などいろいろありますが、この作品をひと言で言えば、『男の妊活もの』。これまで誰も観たことがないジャンルだと思います」
“妊活” というと、女性の問題というイメージが強いが、実際には、男性側に不妊の原因がある場合も多い。
「おじさんが婦人科に行き、精子を診てもらうという違和感。男性が避けて通りたい、けれど夫婦にとって大切な部分がしっかり描かれています」
松重が演じるのは、19歳年下の妻と妊活に励む、49歳の小説家・ヒキタ。松重は未知のテーマに惹かれつつも、引き受けるにあたって、不安な思いもあった。
「妻役は誰かと思っていたら、それがまさかの北川景子さん。この年齢差は心配でしたね(笑)。作品を観た方に、『夫婦に見えない』と思われてしまったら終わりですから」
妊娠を望む妻と、精子の老化で、それに応えられない夫。夫婦関係は微妙に変化しつづける。
「僕は、『役者はカメラに撮られた演技がすべてで、べつに現場で役者同士が仲よくある必要はない』と思っています。
ですがこの作品は、夫婦としての密なコミュニケーションが画にも反映されると感じたので、仲良くいることが必要でした。
現場の待ち時間で、夫婦としての会話や、瞬間的な反応などを、北川さんと構築していきました。
完成した作品を自分で観て、手前味噌ですが、僕にも2人が夫婦にしか見えなかった。そこは『成功したかな』と思います」
見事に年の差夫婦を演じ切った2人だが、現場では、微妙なさざ波も立ったという。
「北川さんの夫、DAIGOさんが撮影現場を訪問してくださったんです(笑)。役柄とはいえ、3週間夫婦を演じていたので、そのときはDAIGOさんとの間に、妙なライバル心や共感が生まれました(笑)」
初主演作を終えても、気負いのなさは変わらない。
「皆さんが思うほど、主演、助演ということを意識していないです。『バイプレイヤー』って言葉も最近知ったくらいですし(笑)。
じつは、自分を『俳優』と名乗るのも恥ずかしい。やっぱり自分はあくまでも『役者』で、オーダーをいただいて、それに結果を出すのがすべて。自分が『次は織田信長をやりたい』と言っても、誰も見向きもしてくれませんから(笑)。
舞台、映画、ドラマ、作品の規模の大小にかかわらず、これからも求められる役を演じるだけですね」
自身は今年56歳になった。年を重ねる過程をも楽しんでいるという。
「毎朝1時間、犬の散歩を5.5キロと、腰痛と五十肩予防のトレーニングを各10分。これを日課としてやっています。それでも、肉体的にはどんどん衰え、見た目も老けていきます。
でも、僕はそれを受け入れていて、数年前から白髪でやっています。これからは老人役をやっていくのが楽しみですね。そのためにも、僕自身が元気な老人でいたいです(笑)」
まつしげゆたか
1963年1月19日生まれ 福岡県出身 蜷川幸雄主宰の「ニナガワ・スタジオ」入団。舞台を中心に活動し、『地獄の警備員』(1992年)で映画デビュー。その後、舞台、映画、テレビドラマで活躍。テレビドラマ『孤独のグルメ Season8』(テレビ東京系)が放送中。同日公開の『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』で映画初主演を果たす
※映画『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』(細川徹監督、配給:東急レクリエーション)は、全国公開中
(週刊FLASH 2019年10月15日号)