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古舘寛治、20年来の中華屋で語る「高円寺の下積み時代」

エンタメ・アイドル 投稿日:2020.03.01 11:00FLASH編集部

古舘寛治、20年来の中華屋で語る「高円寺の下積み時代」

高円寺に住んでいた30代のころ

 

 最初に役者を夢見たのは、高校時代だ。ニュータウンに育った古舘は、テレビで観るアメリカ映画に憧れた。そして高校卒業後、上京してある劇団に入る。

 

「そこでは、毎日ダンスのレッスンでした。『紅白歌合戦』で、小柳ルミ子さんの後ろで踊ったこともあります」

 

 だが、バックダンサーになりたかったわけじゃない。2年でやめ、23歳で英語もできないまま渡米。当初はダンススクールに通った。

 

「大きな鏡の前で並んでレッスンしていると、スタイルのいいカモシカの間に、頭がでかくて手足が短いイノシシのようなのがいる。それが僕でした。ダンスはもういいやという気持ちもあって、今度は演劇学校に転入したんです」

 

 ニューヨークでの暮らしそのものも、おおいに勉強になった。

 

「一流の演劇、映画、音楽をたくさん観ました。ロバート・デ・ニーロが経営する寿司バーで働き、本物のアル・パチーノと接したことも。毎日が刺激的で、気がつけば6年がたっていました」

 

 そして30歳目前で帰国する。アメリカで学んだ演技理論は、ときに仲間から “古舘メソッド” といわれる、独自の演技術の背骨となっている。

 

「よく『何、あの演技?』とか、『演技じゃない』とか言われます。フィクションの中で、その人間が実際に生きているように見える。それが、僕が目指している演技なんです」 

 

 現在、滝藤賢一とのW主演のドラマ『コタキ兄弟と四苦八苦』が、好評を博している。四角四面な兄(古舘)と、ちゃらんぽらんな弟(滝藤)の兄弟が、「レンタルおやじ」としてさまざまな依頼人と出会うコメディだ。

 

「『コタキ兄弟』では、自分のやりたいことが、かなり実現できていると思います」 

 

 振り返れば、ニューヨークで学び、帰国後の高円寺での下積みの生活が、役者人生の原点となった。

 

「当時は、いつになったら食えるようになるのか、そりゃあ、不安でした。あのころに戻りたいなんて、まったく思わないですね(笑)。でも、当時は、目の前の舞台に集中していれば、不安なんて忘れていられたんです」

 

 古舘が、商店街を歩いている。

 

「いつもこの道を通っていました。でも、住んでいたアパートはマンションに変わり、銭湯も、もう潰れてしまいました。残っているのは、この店くらいですね」

 

 太陽軒を訪れるのも高円寺を離れて以来、12年ぶりだ。「お待ちどおさま」。料理が運ばれてきた。餃子、焼売、回鍋肉、牡蠣の豆鼓醤炒め。

 

「うん、やっぱりおいしい。僕の記憶にずっと……。そうか、跡継ぎがいらっしゃったんだ」 

 

 新装オープンは2月中旬。変わりゆく町の中で、太陽軒はそこにある。


ふるたちかんじ
1968年生まれ 近年のおもな出演作品に、映画『淵に立つ』(2016年、深田晃司監督)、『教誨師』(2018年、佐向大監督)など。大河ドラマ『いだてん』(2019年、NHK)や、現在放送中の主演ドラマ『コタキ兄弟と四苦八苦』(金曜深夜24:12~、テレビ東京系)が放送中。6月には沖田修一監督作品『子供はわかってあげない』の公開が控えている

 

【SHOP DATA/太陽軒】
・住所/東京都杉並区高円寺北2-37-9
・営業時間/11:30~14:30、17:00~22:00
・休み/木曜、第3水曜


(週刊FLASH 2020年2月25日号)

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