
10月には、15年ぶりとなる映画で主演を務める(写真・柏木ゆり)
菊川怜(47)が芸能界に入ったきっかけは、東京大学在学中のときのスカウトだった。
「モデルや俳優のお仕事に興味があったので、1ミリの迷いもなく『やりたい!』の一択でした」
女性ファッション誌の専属モデルとしてデビューし、当時 “女性タレントの登竜門” といわれた「東レキャンペーンガール」に選出されてブレイク。俳優としてはもちろんのこと、教養番組、バラエティ番組、情報番組と引っ張りだこになり、目のまわるような日々が続いたという。
「20代のときは、いただくお仕事はすべてありがたいと思って、スケジュールが許す限りお受けしていました」
そんなある日、所属事務所の社長(現在は会長の古賀誠一氏)から腕時計をプレゼントされた。
「頑張っているご褒美と、そろそろ大人の持ち物を……というお気持ちだったと思うのですが、カルティエはブランドに疎い私ですら知っている高級品で、ドキドキしたのを覚えています」
オーバーホールしながら大切に身につけてきたが、2019年に第1子を出産してからは腕時計をつける習慣がなくなり、3児のシングルマザーとなった現在は、引き出しにしまいっぱなしだと苦笑する。
「この時計をいただいたころの私は、精神的にも未熟なところがあったし、自分の器に見合わないような大きなお仕事へのプレッシャーに押し潰されそうになったこともありました」
そう言って、愛おしそうに腕時計に触れる。
「情報番組でどうやってコメントするか、誰も教えてくれないから自分で試行錯誤するしかない。言いたいことがあったのに、タイミングが掴めなくて言えないまま本番が終わっちゃったとか、後からいいコメントを思いついたとか、後悔と反省の日々でしたね」
今日の反省を明日に生かそう…そうやって一歩ずつ確実に前に進んだ日々。
「でもそのころに一生懸命頑張ったことが、今少しずつお仕事を再開できていることに繋がっていると思うんです」
39歳で結婚し、41歳で母親になってからは、子育てを優先。昨年、8年ぶりの連続ドラマレギュラー出演が話題となった。そして、15年ぶりとなる映画で主演を務める『種まく旅人〜醪のささやき〜』が公開される。
「お話しをいただいたときは、俳優としてこんなに素晴らしいチャンスをいただいてお断わりするなんて考えられないと思いつつも、台詞を覚える時間なんてあるのかしら? と悩みましたが、思い切って『やりたいです!』とお返事しました」
菊川が演じるのは、 “日本酒オタク” の農林水産省官僚・神崎理恵。視察のために訪れた兵庫県淡路島の老舗酒蔵「千年一酒造」の人々との交流が描かれる。
「なにしろ日本酒が大好きなので、呑む気満々でロケに行ったのですが、撮影ではもちろん本物のお酒は出ませんし、夜は夜で、翌日の台詞覚えで必死。クランクアップして東京に戻ったら、今度は日本酒をゆっくりいただく余裕はありませんでした(笑)」
と残念がるが、実際の酒蔵で日本酒造りの工程を経験したことで、ますます日本酒が好きになったという。
「まず膨大な手間と時間と、愛情をかけて造られていることに感動しました。不思議なのは、どの日本酒も原料や造り方はほぼ同じなのに、銘柄によって味が違うこと」
映画では利き酒のシーンがあるが、そうやって当てることができるほど、日本酒にはそれぞれ個性がある。
「しかも、毎年同じ味に仕上げるわけで、杜氏さんってすごいなぁと思いますよね。『酒造りは子育てに似ている』という台詞があるんですけど、まさしくそのとおり。子育て真っ最中の今、この作品に出合えたのは、巡り合わせだと思いますね」
あと数年で50歳。これからの人生については?
「まだまだ子育てが続きつつも、貴重な人生の後半戦。自分の人生も…… “も”” おかしいな、自分の人生 “を” どう生きるか。子供たちに『自分を大事にして頑張ることは素晴らしい』ということを、私自身が一生懸命に生きることで伝えられたらと思っています」
きくかわれい
1978年2月28日生まれ 埼玉県出身 東京大学工学部在学中にスカウトされ、芸能界入り。1998年「東レキャンペーンガール」に選出されて注目を集める。大学卒業後は俳優としてドラマや映画で活躍するとともに、司会者、キャスターなど幅広い分野で活動。おもな出演作は、松本清張スペシャルドラマ『黒い樹海』『蒼い描点』『一年半待て』、映画『ダブル・デセプション〜共犯者』『櫻の園』『大奥』など
写真・柏木ゆり
取材&文・工藤菊香
ヘアメイク・山田典良
スタイリスト・青柳裕美(Azzurro)
衣装・ダックス(ブラウス)、レオナール(スカート)、銀座かねまつ(シューズ)