
坂本冬美
「身も心も体調不良が続いているため、郷里の和歌山に戻って療養に専念することにしました」
半年を目途にした休養を発表したのは、『第52回紅白』が十数日後に迫った2001年12月19日のことでした。
できれば静かにフェードアウトして、たまに「いつの間にか消えちゃったけど、坂本冬美って歌手がいたよね」なんて思い出していただけたら嬉しいなと思っていましたが、噂や憶測が飛び交い、これ以上は抑えきれないと判断した結果、止むに止まれず開いた記者会見です。
「深刻な病状ではありませんが、一度ゆっくりと休みたいと思って。心身ともにリフレッシュして帰ってきます」
努めて冷静に、できうる限り最高の笑顔でーー。
思いとは裏腹に、笑おうとすればするほど顔が引き攣(つ)ります。
「ごめんなさい。もう、歌は歌えません。歌手・坂本冬美は引退します」
大人の事情というやつで、会見の席ではこの言葉をオブラートに包み……ううん、まったく別の色にコーティングして話すしかありませんでしたが、そう心に決めての記者会見でした。
ーーこれが、最後の『紅白』。
結果的には2年で戻ってきてしまったわけですが、わたしの中で、この年の『紅白』は惜別の想いが詰まったステージになりました。
だから……なのか、なのに……なのか、『祝い酒』で初出場させていただいた第39回から、地震で大きな被害を受けた石川県輪島市から歌唱させていただいた昨年の第75回まで、これまで36回『紅白歌合戦』のステージに立たせていただいていますが、これが、いちばん落ち着いて歌うことができた『紅白』です。
ーーこれが最後なんだから、楽しまなきゃ。
前日のリハーサルも当日のオープニングもしっかりと目に収め、初出場の松浦亜弥さんから、えなりかずきさん、ZONE、DA PUMP、そして(原田)悠里ねぇと続くステージを楽しんでいました。前半9番めに登場したあやちゃん(藤あや子)。10番めの山本譲二さん。11番めに歌唱された八代亜紀さん。12番めが鳥羽一郎さん……控室でモニターを見つめながら、自然と笑みがこぼれます。
(香西)かおりちゃん、(長山)洋子ちゃん。「口にしないだけで、私たちだって緊張しているんだからね」と怖い顔をしてみせる夏ちゃん(伍代夏子)は…やっぱり緊張している顔には見えません(笑)。
安室奈美恵さん、この年の目玉のひとつといわれていたザ・ドリフターズの歌唱は、着替えを終え、地下の楽屋からホールに上がって来る時間とぶつかったため、この目で見ることができなかったのはちょっと残念でしたが、ふたつ前の松田聖子さん、ひとつ前の森進一さんのステージは、袖で拝見していました。
さぁ、そしていよいよわたしにとっては、最後の『紅白』のステージです。
3階席から2階席、そして1階席と、会場の隅々までゆっくりと視線をめぐらせ、その光景を目に焼きつけます。
未練はありません。寂しさも後悔もありません。そこには、どこかすっきりとしたわたしがいました。
歌い納めは、毎年恒例の『蛍の光』。このときも、しんみりとしたり感傷的になったりすることもなく、ただ「やり切った」という感情だけが、心の大部分を占めていました。
まさか2年後に、また『紅白』のステージに上がるとは夢にも思わずにです(苦笑)。
さかもとふゆみ
1967 年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、最新シングル『浪花魂』が好評発売中!
写真・中村 功、産経新聞
取材&文・工藤 晋
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