
坂本冬美、氷川きよし、藤あや子
わたしにとっては、2年ぶりの『紅白』です。
デビュー前からずっと夢見ていた舞台ですから、いつかまた……という思いは気持ちの片隅にありました。
でも、勝手にやめて、勝手に戻って来た歌の世界ですから、 “もう一度『紅白』のステージに立ちたい” と口にするのは不遜です。傲慢です。わがまますぎます。
願ってはいても言っちゃいけないことだし、口が裂けても言えません。
ーーもう一度、歌いたいです。歌わせてください。
事務所の社長をはじめ、レコード会社、スタッフに思いを伝え、赦しをいただいてから4カ月……。復帰会見前に手渡されたスケジュール帳の12月29、30、31日の3日間は真っ白でした。
大袈裟に聞こえるかもしれませんが、この空いた3日間に『紅白』という文字を書き入れるため、社長以下スタッフは一年間、力を注いでいます。それは、デビューからずっと変わっていません。
そういう意味では、演歌歌手・坂本冬美は、わたし一人のものじゃない。ステージで歌うのはわたしだけど、みんなで作り上げてきたもの。社長以下、スタッフあっての坂本冬美です。
休養する以前もそう思っていましたし、実際にインタビューでも、そんなニュアンスのことを話していた記憶があります。
それがわかっていたのに、それでも自分勝手に歌うのをやめたのは、心のどこかに驕(おご)りがあったからでしょう。
わたしがやめても、会社はまた、次の歌手を育てればいいんだから大丈夫ーー。
そんなことを思った自分が恥ずかしく思えます。
だ・か・らーー。半年後、その空欄に『紅白』という2文字が書き込まれたスケジュール帳を見たときのドキドキ感は、今でもはっきりと覚えています。そこには社長以下スタッフの強い思いが浮かんで見えて、心が震えました。
打ち合わせ、リハーサル、そして本番の3日間。どう動いて、どう過ごせばいいのか、体が覚えているのがおかしくて。それでもやっぱり、それまでの『紅白』とは違う、わたしにとってはスペシャルな3日間でした。
「おかえり!」
さりげなく、でも “ふふっ、戻ってくると思っていたわよ” という笑みを浮かべながら声をかけてくださった先輩たちのお心遣いには、感謝しかありません。
特別扱いはいっさいなく、いつもと同じように接し、たわいもない話に興じてくれた仲間にも深謝です。
この日のために、亡き師匠・猪俣公章先生が作ってくださったデビュー曲『あばれ太鼓』を用意し、盛り上げてくださったNHKスタッフの皆さんにも、この場をお借りしてあらためてお礼申し上げます。涙が出るほど嬉しかったです。
ただひとつだけ、情けなさを感じたのは、わたし自身の学習能力のなさです。
前年に母と2人、和歌山の実家で観る側にまわり、「そうか、気楽に楽しんで観ているんだから緊張しなくてもいいんだ」と学んだはずなのに、またまた、めちゃくちゃド緊張です。
出たいからと言って簡単に出られる場所じゃないんだから、ちゃんと歌わなきゃ、社長の、スタッフの思いにきちんと応えなきゃ。最高の舞台を用意してくださったNHKスタッフの皆さんのためにも、聴いてくださる方たちのためにも、最高の歌を歌わなきゃと、必要以上に自分にプレッシャーをかけてしまって……モゴモゴモゴ。まったく、もう、何をやっているんだか、です(苦笑)。
さかもとふゆみ
1967 年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、最新シングル『浪花魂』が好評発売中!
写真・中村 功、産経新聞
取材&文・工藤 晋
![Smart FLASH[光文社週刊誌]](https://smart-flash.jp/wp-content/themes/original/img/common/logo.png)







