
早乙女太一、坂本冬美
最近は、チケットの転売を防ぐため、コンサート会場などで本人確認をおこなう顔認証システムのことを “顔パス” と呼ぶそうですが、昭和世代の人間にとって “顔パス” といえば、顔を見せるだけでOKになるアナログの認証システムです。
わたしがデビューした当時は、NHKの受付も “顔パス” で通ることができました。たまに、スッピンにジャージにキャップ姿で、「ちょっと、ちょっと」と止められたことも二度三度……いや、四度五度ほどありましたが、モゴモゴモゴ(笑)。
ただ、キャップを上げて「坂本冬美です」と名前を言えば、警備の方も「はい、はい」という感じで通してくださったものでした。
ところがです。いつのころからかめちゃくちゃ厳しくなり、事前に発行していただいたパスを首から下げていないと通してくれません。ばっちりメイクをし、髪もアップにしてテレビでいつも見ている坂本冬美の顔と髪型でも、「パスをお願いします」の一点張りです。
「坂本冬美、本人ですよ!」
「パスをお願いします」
「この顔と髪を見ればわかるでしょう?」
「パスをお願いします」
どこまでいっても堂々めぐり。警備員の方の真面目さは、こんなときじゃなければ「お見事!」と、拍手を贈りたいほどです。NHKに行くときに大事なものはお財布より、スマホより、パス!
この年の『紅白歌合戦』も首からパスをぶら下げ、無事に受付を通過し、リハーサルも無事に乗り切って、いざ本番です。
この年、わたしが務めさせていただいたのは前半のトリ。歌わせていただいたのは、『夜桜お七〜大晦日スペシャル〜』です。
ーーえっ!? どこがスペシャルなのか?
それはですね……覚えていらっしゃる方は覚えているし、知らない方は思い出しようがないのですが、なんと当時、大ブレイク中だった大衆演劇の早乙女太一くんが、『夜桜お七』を歌うわたしの横で、妖艶で華麗な舞を披露してくださったのです。
初めて太一くんを見たのは、この『紅白』から1年ほど前のことでした。
北野武さんが大注目しているすごいコがいるんだよというお話を聞いて、「それは観に行かなくちゃ」と、太一くんが出演している浅草大勝館へ出かけたのですが、それがまぁなんと表現していいものやら。
当時15歳だった太一くんは細身ですらっと背が高く、どこか少年の香りを残しているのに、踊っているときは背筋がゾワゾワッとするほど艶っぽくて、その視線の揺らし方、佇まい、纏っているオーラは “不世出の大女優” と呼ばれた、太地喜和子さんにそっくりです。
約1年たって、さらに妖艶さを増した太一くんとの共演に、ドキドキ、ワクワク、心が躍らないはずはありません。
ーーいつも以上に緊張した?
それがですね、客席を埋め尽くしたお客様の視線がわたしではなく、わたしの横で踊っている太一くんに注がれていたことで、いつもより緊張せず、歌に集中できたような気がします(笑)。
通常、『紅白』のステージで歌わせていただけるのは、2分30秒が基本ですが、この日歌わせていただいた『夜桜お七〜大晦日スペシャル〜』は、「こんなに長く歌わせていただけるの?」と思うくらいのロングバージョン。
坂本冬美の『紅白』史上、最長のお時間をいただきました。それもこれも、太一くんが共演してくれたおかげです。
さかもとふゆみ
1967 年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、最新シングル『浪花魂』が好評発売中!
写真・中村 功
取材&文・工藤 晋
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