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林家一門の「おかみさん」海老名香葉子さん死去 6年半の住み込み弟子・たい平が悲痛な心境を吐露

芸能 記事投稿日:2025.12.30 17:40 最終更新日:2025.12.30 17:40

林家一門の「おかみさん」海老名香葉子さん死去 6年半の住み込み弟子・たい平が悲痛な心境を吐露

92歳で亡くなった海老名香葉子さん

 

 落語家、初代林家三平の妻で、エッセイストや絵本作家としても知られる海老名香葉子(本名・海老名嘉代子)さんが12月24日、老衰のため死去した。92歳だった。

 

「香葉子さんは東京都出身で、1945年の東京大空襲で父母など家族6人を亡くしました。

 

 終戦後、身寄りを失った香葉子さんは、お父さんの知人だった落語家の三代目三遊亭金馬さんに引き取られたことが縁で、1952年に『昭和の爆笑王』と呼ばれた初代林家三平さんと結婚しました。

 

 1980年に三平さんが亡くなると、林家一門の『おかみさん』として多くの弟子の面倒をみながら、長男の林家正蔵さん、次男の二代目三平さんの襲名に尽力しました。長女は元タレントの海老名美どりさんで、その夫は俳優の峰竜太さん。次女は元歌手の泰葉さんです」(芸能担当記者)

 

『笑点』(日本テレビ系)などで人気の林家たい平も、香葉子さんのお世話になったひとりだ。たい平はかつて、本誌のインタビューに「大学在学中、林家こん平に弟子入りを志願しましたが『お前さんが落語家としてつとまるかどうかを見るから』と、大師匠の三平の自宅で内弟子になりました」と語っていた。

 

 そして「掃除、洗濯、お使い。任されるのは雑用でした」と苦笑しながら「林家一門のおおらかさ、芸風、家風、『人を笑わせたい』という熱い思いに触れ、落語のすばらしさをあらためて知りました」と思い返していた。

 

 初代三平の教えは「笑わせる腕になるまで泣く修行」。そのつらい修行を支えたのが香葉子さんだった。

 

 今回、あらためてたい平にコメントを求めたところ「いま、ブログを書きました」と、憔悴している状態での連絡があった。12月30日に更新されたそのブログで、

 

《昨日の夜、連絡を受けましたがまだ信じられない気持ちです》

 

 と心情をつづり、

 

《私は大学卒業とともに大師匠宅で二つ目昇進まで六年半の住み込み弟子修行をさせてもらいました 本当に本当におかみさんがいなかったら林家たい平は存在していなかったと思います おかみさんの温かい優しさがあったからこそ私は落語家としていま存在しています 思い出はありすぎて…今は整理がつきません》

 

 と、恩義ある香葉子さんへの思いを吐露するとともに、2025年の元日に撮ったという香葉子さんとのツーショット写真を添えた。

 

 戦争体験の語り部としても活動していた香葉子さん。落語界のみならず、多くの人々から悼む声が相次いでいる。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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