久米宏さん
フリーアナウンサーの久米宏さんが、1月1日に肺がんで亡くなっていたと、13日に所属事務所が公表した。81歳だった。
《久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います。大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました。まるでニュースステーションの最終回でビールを飲みほしたあの時のように。自由な表現者として駆け抜けた日々に悔いはなかったと思います》
などと、具体的なエピソードがつづられている。
「久米さんは、1967年に早稲田大学を卒業後、TBSにアナウンサーとして入社。コント55号の萩本欽一さん・坂上二郎さんとタッグを組んだ『ぴったしカン・カン』、黒柳徹子さんと組んだ『ザ・ベストテン』など、同局の名物番組で司会を務めました。
1979年に退社し、その後はフリーアナウンサーとして活躍。特に1985年から2004年まで約18年半にわたって放送された『ニュースステーション』(テレビ朝日系)は、久米さんのキャリアを代表する番組として知られています」(スポーツ紙記者)
久米さんの訃報を受け、X上では2025年3月に80歳で亡くなったみのもんたさんと並べる声も聞かれる。
《みのもんたと並ぶ昭和を代表するテレビ業界の革命児。久米宏が天に召された》
《久米さんの番組は「ニュースステーション」しか知りませんが、あの軽妙な語り口が心地よかったね。みのもんたさんも1年前に亡くなられ、だんだんと民放の開拓者が居なくなってきて寂しいですね》
このほか、2024年12月に77歳で亡くなった小倉智昭さんの名前もあがっている。
《みのもんたさん、小倉智昭さんに続き久米宏さんまで「旅立たれて」しまいました。本当に!昭和が遠くなった気がします》
こうした声が聞かれる理由を放送作家が語る。
「久米さん、みのさん、小倉さんは、ともに放送局の社員アナウンサーを経てフリーとなり、強烈な個性でテレビの人気者となっていった方々です。ある世代以上にとって、子どものころからテレビで見てきた人たちが亡くなってしまうことに、大きな喪失感を感じるのでしょう」
久米さんの代表番組『ニュースステーション』は、堅苦しいものだったニュースをわかりやすく伝える斬新な番組だった。
「たんに原稿を読み上げるのではなく、図表や積み木、政治家の人形などの小道具のほか、最先端の技術だったCGなどを多用することで、視聴者にわかりやすく内容を伝えました。
久米さんの話し言葉は、ウィットに富んだ軽快なものですが、時に政権や政治家を鋭く追及する姿も見せています。ニュースを伝えるキャスターが自身の意見を強く押し出す姿勢も、従来はないものでした」(前出・放送作家)
しかし、こうしたスタイルにも変化の兆しが見えるという。
「みのさん、小倉さん、そして久米さんも、今の時代から見れば、そうとうクセの強い司会者でした。もし現役だったら、放送のたびにSNSが炎上したかもしれません。
高市首相に関する発言で番組を降板になった田原総一朗さんもそうですが、一歩間違えれば大きなトラブルにつながり、まったく別の評価を受けていたかもしれません。
テレビ局、視聴者ともに “クリーン” な存在を求める現代において、もう登場しないタイプの名司会者と言えるでしょう」(同)
今のテレビ界を、久米さんはどう見ていたのだろうか。
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