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【追悼】久米宏さん『ニュースステーション』立ち上げメンバーが明かす“テレビの天才”の素顔「亡くなった520人分の靴をスタジオに並べました」

芸能 記事投稿日:2026.01.18 06:00 最終更新日:2026.01.18 06:00

【追悼】久米宏さん『ニュースステーション』立ち上げメンバーが明かす“テレビの天才”の素顔「亡くなった520人分の靴をスタジオに並べました」

亡くなった久米宏さん(写真・共同通信)

 

久米宏さんが“テレビ天才”だということは、以前から承知していました。実際、一緒に仕事をするのは面白いな、というのが最初の印象でしたね」

 

 1月1日、肺がんで亡くなった久米さん。『ぴったしカンカン』や『ザ・ベストテン』(ともにTBS系)、そして『ニュースステーション』(テレビ朝日系)の司会で人気を博した。

 

 久米さんの代名詞ともなった『ニュースステーション』の立ち上げに参加し、プロデューサーも務めたのが、テレビ朝日映像現社長の、若林邦彦氏だ。久米さんとの初対面について、冒頭のように語った。

 

「『ニュースステーション』では“中学生でもわかるニュース”をキャッチフレーズにやっていました。放送当時は、テレビのニュースは紋切型で、どこか『高尚なものを伝えてやる』というような感覚だった。それをこの番組では、『人間のしゃべる言葉で伝えよう』というポリシーを持っていました。それが久米さんの持論でした。

 

 いちばん久米さんと『ニュースステーション』から学んだのは、テレビというものが“様々なことを映し出すメディア”なのだ、ということだと思います。要するに、言葉だけでなく、雰囲気や表情、沈黙……単なる情報以外のものをあぶり出してしまうメディアなんだと」

 

 中でも、若林氏が特別に覚えている企画があった。1985年、『ニュースステーション』放送開始と同じ年に起こった、日航機墜落事故の特集だ。

 

「10月に番組が始まって、その年の最終回で、60分くらいの御巣鷹山特集をしました。その冒頭、事故で亡くなった520人分の靴を座席順にスタジオに並べたんです。

 

 その年はやはり墜落事故が大きな話題になりました。テレビや新聞の報道が続く中で『520』という数字がどうしても記号化してしまっているようでした。

 

 靴を並べるというのは、久米さんの提案だったと聞いています。亡くなった方の年齢や座席表もほぼ判明していたので、それに見合うような靴を美術に探してもらって、スタジオに並べたということです。

 

 本当なら520人分の人生があり、家族があり、友達がいる。靴を並べることで、視聴者は誰もが想像してくれるはずだと。この“仕掛け”はやっぱり、すごいなと感じました」

 

 それ以外にも、スタジオで模型や人形、立体ジオラマなどを導入してニュースを伝えた。こうした説明は「久米さんの独壇場だった」と若林氏は語る。

 

「しゃべりの天才、伝える天才、テレビの天才でしたね。自分たちが作ったものを、久米さんに扱ってもらえるというのは、すごく幸せでした。

 

 最後にお会いしたのは、昨年の3月、内々の集まりがあったときです。その時も久米さんらしく、おしゃれでダンディで。口ひげを生やしていました。“かっこいいおじいさん”になっているな、という感じでした」

 

 久米さんがテレビマンたちに残したものは、計り知れなかった。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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