
久米宏さん
「久米宏さんとの初対面は、本社のエレベーター前でした。『目標にしています』と緊張しながら頭を下げたら、『勝手に目標にされるのは迷惑だよ』と、プイっと後ろを向いて行ってしまったんです」
昨年7月に、本誌にこんなエピソードを語っていたのは、元テレビ朝日アナウンサーの松井康真さんだ。今年1月1日に亡くなった久米宏さん。松井さんは入社わずか2年目から、『ニュースステーション』(テレビ朝日系)で3年間共演した。初対面の当時を、改めてこう振り返る。
「別に久米さんはその時、怒っているわけでもないですし、むしろ私は『かっこいい』と思いました。普通の人だったら『光栄です、じゃあ頑張ってね』などと言えばよいところを、あえてそういう“勝負”をしてくる方なんです」
久米さんの、そんな攻めた姿勢を、松井さんは『ニュースステーション』の現場で目にすることになる。
「久米さんは、全部覚悟して計算してやってらっしゃいましたね。『つい言っちゃった、ごめんごめん』みたいな話は、一つもないですよ。
『ニュースステーション』の最初の5年間は、やっぱりすごかったです。話題になる新しい試みを毎回続々とやっていきました。久米さんもそうですし、スタッフなどからも、『今までとは全く違う番組を作っている』という気概と矜持をひしひしと感じながら番組を作っていましたね」
中でも印象的なのは、1989年、巨人優勝をめぐって坊主にした事件だ。同番組内での企画「ジャイアンツエイド’89」のなかで「ジャイアンツが優勝したら坊主になりますよ」と発言した久米さん。その年、本当に巨人は優勝してしまったため、久米さんは“公約”通り坊主にしたのだ。
「坊主にする、という宣言を、私は久米さんの隣で聞いていたんです。久米さんの言葉を聞いた瞬間、『やばい』と思いましたね。『これは絶対に巨人の選手が怒って、奮起するぞ』と。事実、巨人の選手に聞いたら『あれだけはもうカチンと来ました』というんです。
実際その年は巨人が優勝したわけですが、もしもあの企画がなかったら、優勝していなかったかもしれません」
当然、坊主になった久米さんが局に来ると、現場は大騒ぎになった。
「久米さんは『こんなになったんだよ』と、坊主頭を見せて言っていましたね。でも後日、久米さんは真剣な口調で『松井君、僕今わかめ食べてんだよ』と言ってくるんです。髪を伸ばすためにそんなことをしてるんだと思いました」
仕事では、時に破天荒な姿勢を見せていた久米さん。松井さんによれば「オンとオフがない」という性格のようだ。“久米節”は、松井さんの結婚式でも見られていた。
「私の結婚式のスピーチでは、『松井が選ぶ相手は、気の強いキリっとした美人だろうなと勝手に思っていたら、こんなにかわいい奥さんでびっくりした』と言っていましたね。それから、『松井もまだ子供みたいにかわいいし、もう子供の結婚式みたいだな』と言ってもらった記憶があります」
久米さんの著書は、発売されてすぐに買ったという松井さんだが、最近では「全く近況がわからない」という日々が続いていた。そんな彼の耳に、人づてに未確認情報の訃報が届く。
「ニュースになる数日前に、私のところに連絡が入っていました。私ももう報道局員ではないので裏を取ることはしませんでしたが、そう遠くないうちに公式発表されるのだろうかと思い、毎回緊張しながらニュースを見ていました。報道された時は『ああ、ついに出てしまった』という感じでしたね。
とにかく私のベースは久米さんなので。ありきたりなことは言わないように。『久米さんだったこう言うだろうな』という意識は、今でも残り続けています」
「目標にしています」新入社員の松井さんが久米さんに贈った言葉は、今でも生き続けている。
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