加藤一二三氏
“ひふみん”の愛称で親しまれた将棋界の巨星・加藤一二三九段が肺炎により1月22日に逝去した。享年86。
「頭脳集団である将棋界においても、“神武以来(じんむこのかた)の天才”とまで謳われたのは“ひふみん”ただ一人ですね。将棋に詳しくない人には、晩年にバラエティ番組で見せた“愉快なおじさん”のイメージでしょうが、将棋界の本物のレジェンドです」(将棋ライター)
1954年に四段に昇段し棋士となったが、当時ひふみんはわずか14歳7カ月。最年少棋士記録は、藤井聡太六冠に更新されるまで62年間続いた。
「棋士になって以後も、史上最年少(18歳3カ月)でA級に昇給したという記録は未だに破られていませんし、逆に77歳まで現役を続けたという最年長記録も残しています。また歴代対局数は2504局で1位、勝利数は歴代4位です。
勝てば勝つほど対局は増えるので、これは加藤さんの強さの証明であり、棋士が一番誇りに思うことでしょう。通算敗戦数もぶっちぎりの1位ですが、これは長きに渡って強者たちと凌ぎを削ってきた証ですね。加藤さんは19世紀から21世紀まで3つの世紀にまたがる棋士と対戦した唯一の存在でもあります」
解説やイベント現場では、“大先生”であるにもかかわらず、若手から女流棋士、ファンなど誰にでも気さくに接して、言葉も振る舞いも常に紳士だった。
「一方、真面目で一本気であるためか、常人にはできない“強烈エピソード”も非常に多いですよね。特に有名なのは、1982年の“事件”です。中原誠十六世名人との第40期名人戦七番勝負の最終局で、詰み筋を発見し『ウヒョー!』と叫んだといわれています。対局に没頭していると、やたらと動くのも特徴でした」(同前)
後輩棋士にあたる中井広恵女流六段にも忘れられないエピソードがあるという。それは、故・米長邦雄永世棋聖とひふみんの対局で記録係を務めた際に起きたという。2人は大勝負を何度も戦った宿敵であり、対抗心を隠そうとしなかった。
「加藤先生は午前中から気合が入り、米長先生の背中に回っていわゆる“ひふみんアイ”という反対側から盤面を俯瞰してみたり、席に戻ったかと思えば、膝立ちになってネクタイを掴んで左右に振りながら、『ううう』と大きな唸り声を上げていたんですよ」(中井女流六段)
あまりに動作が大きいので、それを見ていた米長永世棋聖はそれならばと思ったのか、なんとその場で腕立て伏せを始めたという。
「もう吹き出しそうになっちゃいました。お腹が捩れるほどおかしいのだけれど、大先生を前に笑うわけにはいかない。最後は苦しくて『失礼します』と廊下に飛び出しました」(同前)
またひふみんは“秒読みの神様”と呼ばれるほど早指しが得意だが、一方で序盤から長考をすることも多く、終盤になるといつも持ち時間がなくなってしまった。
「私が記録を取ったときも、時間を気にして『あと何分?』と幾度も聞いてこられるんです。ついには秒読みとなり『9、8、7』と読み上げていると、そこでも加藤先生は『あと何分?』と聞いてこられるんですよ。秒読みが止まってしまうので答えるのが大変でした」
健啖家として知られるひふみんは食にまつわるエピソードも多い。
「先生は鰻重が大好なのですが、ある時、若手棋士が対局している部屋にズカズカと入ってきて、後ろにドカッと腰を下ろすと鰻重を食べ始めました。食事室で対戦相手と顔を合わせたくなかったのかもしれません。かと言って、高段者の指す特別対局室は神聖な部屋ですから、憚られたのかもしれませんね。
若手棋士たちは勝負の佳境で後ろから鰻の匂いが漂ってくるので面食らったでしょうが、大先輩に出ていってくれとは言えないでしょう。先生ははペロリと食べあげると、何事もなかったように部屋を出ていきました。でも私が『ウナギが大好きなんですね』と尋ねたら『はい。でも一番好きなのはビフテキで、毎日でも食べられます』と答えていらっしゃいました。終始この調子で、素敵な方でしたね」(同前)
ひふみんは熱心なカトリック教信者であり、ローマ法王から聖シルベストロ教皇騎士団勲章を受賞している。対局休憩中にひふみんが讃美歌を歌っているのを聞いたことのある棋士は多い。
高橋和女流三段は、対局休憩中に空いている部屋の前を通りかかると中から讃美歌が聞こえてきたそうだ。
「透明感のある穏やかな声でしたね。対局中に歌うのは、ご自身のルーティーンなのだと思います。
引退後には、私が主催する将棋教室に講師として何度も来てくださいました。ファンの方と本当に気さくに話してくださる先生でした。取材のテレビクルーが付いてきたこともありましたね。バラエティに出てから“ひふみん”のキャラクターになったのではなく、その前からあのままだったのですが、ようやく世間に知られたのだなと思います。私がイベントでご一緒する際は、鰻ではなくコーラとハンバーグをよく召し上がっていましたね」
高橋女流三段が忘れられないのは、NHKの新春将棋対局で、ひふみんと米長永世棋聖が出演したときの聞き手役を務めたことだ。
「番組のプロデューサーから、『猛獣使いを頼めるのは高橋さんしかない』と頼まれました(笑)。今でもYouTubeであの時のお2人の掛け合いを見ると抱腹絶倒です」
将棋連盟理事を務める森下卓九段は、将棋界の最高リーグであるA級でひふみんと何度も対戦した。“重戦車”と呼ばれたひふみんの将棋についてこう語る。
「加藤先生は福岡の大先輩で、子どもの頃からの憧れでした。普段はとても柔和な方でしたが、盤を前にしたときはすごい迫力なんです。先生の将棋は、逃げも隠れもしない、まさに王道ですね。姑息な勝ち方を一切せず、常に真正面からぶつかって戦っていました。そこに信念を感じさせるものがありました」
“ひふみん”の信念が残した数々の定跡は今もなお受け継がれ、活躍している。どうか安らかにーー。
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