
桃井かおり(写真・時事通信)
『サード』『化身』『橋のない川』などの名作で知られる銀幕の巨匠、映画監督の東陽一(ひがし・よういち)さんが、1月21日、老衰のため都内の病院で亡くなった。91歳だった。
「東さんは早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所に入社、助監督を経てフリーになりました。映画監督デビュー作は、1971年に公開された『やさしいにっぽん人』。同作で日本映画監督協会新人賞を受賞しました。その後、1978年に『サード』で報知映画賞作品賞、芸術選奨文部大臣新人賞、キネマ旬報監督賞を受賞しました」(芸能記者)
その翌年、『幸せの黄色いハンカチ』で注目されていた桃井かおりの映画初主演作品となる『もう頬づえはつかない』が公開され、大ヒットとなった。
「早稲田大学の女子大生が、在学中に書いてベストセラーになった同名の小説が原作です。2人の男性と付き合う女子大生の愛と苦悩、セックスが “等身大” で描かれ、女性から圧倒的な支持を得ました。桃井さんは『第3回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞』など、数々の主演女優賞を受賞しました」(同)
東さんの逝去を受けて、X上でも
《「もう頬づえはつかない」は桃井かおりの最高傑作》
《「もう頬づえはつかない」を何度観たことか。桃井かおりと奥田瑛二が親戚に感じるくらい幼少期から分からずに観てた》
など、悼む声が相次いだ。
桃井は現在、2015年に結婚した音楽プロデューサーとロサンゼルスで暮らしながら、日本と行き来する生活を続けている。自身のインスタグラムは頻繁に更新されているが、多くは夫が作った手料理の写真と感想だ。
「夫が作る “プロ級” の料理に、毎回ファンからは羨望とほっこりしたという声があがっています。もちろん、撮影の様子も投稿されていて、その多くは海外作品のものです。
2025年10月にも、《マリブの海で撮影中。今度はなんと海女さん役なんだ》というコメントとともに、海外のスタッフたちとのオフショットを投稿していました。
『もう頬づえはつかない』で映画初主演を務めて以降、日本でも海外でも、常に第一線で活躍し続けています」(同)
東さんは、名作とともに、多くのものを映画界に遺していったのだろう。
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