
『太陽にほえろ!』の「殿下」こと小野寺昭(写真・木村哲夫)
豪華キャストに潤沢な制作費、そして惜しみなく使われる火薬――。1970年代から1980年代にかけて「刑事ドラマ」は黄金時代を迎え、民放各局は真っ向勝負を繰り広げた。『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)で活躍した小野寺昭に、当時の撮影秘話を聞いた(以下、本人談)。
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僕が演じた島公之刑事のニックネームは「殿下」。北海道出身の僕は当初、「殿下ってなんだべ?」って(笑)。萩原健一さん、松田優作さんらギラギラと濃い方が多いなかで、自然体で臨めば目立つのではないかと考えました。役に「殿下」がついてきたと感じたのは、2年めくらいからです。
もちろん、今では「殿下といえば僕だよな」と愛着を感じています。でも『太陽にほえろ!』で殉職してからも、時代劇の現場や街なかで、誰も本名で呼んでくれないんです。
最近も、当時は生まれていない制作の人が「殿下、明日の予定ですが……」なんて言ってくる(笑)。「殿下」は敬称だから、若い人でも呼びやすいんでしょうね。嫌だった時期もありましたが、50年以上たってもこう呼ばれるのは、すごいことだなと思います。
『太陽〜』は事件そのものよりも、それを刑事がどう受け止めるかを描いた群像劇だった。だから、それぞれにファンがついたのでしょう。
僕は『太陽〜』の前に、昼の帯ドラマに出演していたんです。ずいぶん時間がたってから、『太陽〜』の岡田晋吉プロデューサーに、なぜ僕を抜擢してくれたのかを聞いたことがあります。すると、昼ドラの視聴者を『太陽〜』に引っ張りたいという狙いだったようです。
でも、僕宛てに届いたファンレターの大半は、昼ドラを見ていた主婦ではなく、高校生ぐらいの方が多かったみたいで、お役に立ったのかどうか(笑)。
これも後から聞いた話ですが、「殿下に恋人はいらない!」と、僕の恋人役を演じていた女優さんにカミソリが送られてきたそうです。だから僕の恋人役は死んでしまったり、しばらく出てこなかったり(笑)。「殿下を殺さないで」という投書も多かったようで、僕が殉職するかのようなタイトルで、3回ほど引っ張ったこともありました。
本心では、刑事ドラマばかりではほかの役ができないし、新劇出身ですから舞台もやりたい、とずっと思っていました。
5年めに岡田さんに相談に行くと「視聴率もいいし、『殿下編』も好評なんだから」と止められました。そのときは続けたんですが、またその “やめたい虫” が湧いてきましてね。7年めにもう一度話したら「あと1年だけやってくれ」と。それで8年間、殿下を演じました。
殉職シーンは、プロデューサーに希望を出せたんです。僕は「あっさりと、あっけなく死にたい」と伝えました。それで、暴走車を避け損なって車ごと崖に落ちる場面になったんですね。
岡田さんは、のちに「殿下は醜い死に顔をファンに見せたくなかったから、ああいう殉職にした」と振り返っていましたが、僕はそんなこと頼んでいませんから(笑)
下半身が弱って登山、スキー、ゴルフの3つの趣味をやめ、今は無趣味(笑)。でも8月には舞台が控えているので、稽古に備えています。
■おのでらあきら
時代劇『御宿かわせみ』(NHK)、ドラマ『毎度おさわがせします』(TBS系)などで幅広い役を演じてきた。8月に上演する舞台に出演予定
■『太陽にほえろ!』/(日本テレビ系)1972〜1986年
新宿・七曲署捜査一係を舞台にした、日本刑事ドラマの金字塔。若手刑事を “マカロニ” “ジーパン” “テキサス” などの愛称で呼ぶスタイルが定着し、殉職という衝撃的な展開で世代交代を重ねながら、群像劇として長期シリーズを築いた。最高視聴率は40%超え
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