
中島はるみは「とにかく一生懸命だった」と振り返る(写真・福田ヨシツグ)
豪華キャストに潤沢な制作費、そして惜しみなく使われる火薬――。1970年代から1980年代にかけて「刑事ドラマ」は黄金時代を迎え、民放各局は真っ向勝負を繰り広げた。『Gメン’75』(TBS系)で活躍した中島はるみに撮影秘話を聞いた(以下、本人談)。
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「SP所属の吹雪です」
先輩Gメン役の若林豪さんや伊吹剛さんにビルの屋上で追い詰められ、私は最初の台詞をビシッとキメたつもりでした。
ところが……あまりにも棒読みすぎたのか、皆さん笑いを堪えているんです。撮影1週間前に出演が決まり、かなり練習したんですけどね(笑)。
私が演じた吹雪杏子は射撃の名手。拳銃の構えや合気道は、何度も稽古しました。逆に、丹波哲郎さんは台本を覚えていなくて、いつもカンペを読まれていました。なのに、テストなしで本番一発。「俺はうまいだろう」とおっしゃって(笑)。怖い印象でしたが、とても気さくな方でした。
当時はモデルの仕事がとても充実していて、女優になることは考えていませんでした。でも、別の人物を演じることは、モデルとはまた違うおもしろさがありました。
『11PM』(日本テレビ系)のカバーガールを務めていて、番組収録があると徹夜同然で撮影現場に行く日もあり、大変でしたね。いま振り返ると、あれこれ悩む余裕がなかったことが、かえってよかったのかもしれません。
オープニングでGメンたちが並んで歩くシーンは、直前のヒールで走る場面で捻挫し、テーピングをしているんです。でも、とにかく一生懸命やっていたから、そんな毎日も苦ではありませんでした。
よく覚えているのが、TBSの番組対抗クイズに出演したときのことです。Gメンチームが優勝し、ハワイ旅行を獲得しました。私はすっかりその気で楽しみにしていたのですが、皆さんは「行くわけないだろう。堅苦しいだけだ」とおっしゃるんです。
それをそのままプロデューサーに伝えたら、今度はその方が怒ってしまって……。本当は行きたい気持ちを抑えて、私も辞退しました。いま思い出しても、少し悔いが残ります。
心残りといえば、大ファンだった渡哲也さんのことも忘れられません。隣のスタジオで『西部警察』(テレビ朝日系)を撮影していて、ご挨拶に伺う絶好の機会だったのに、緊張してどうしても一歩が踏み出せなかった。
仲のよかった若林さんに同行をお願いすると、「そういうものは一人で行くもんだ」と背中を押してくださいました。それでも勇気が出ず、結局行けずじまいでした。
結婚を機に引退しましたが、13年前に最愛の夫をがんで亡くし、大好きな女優の仕事に戻りました。あのころの経験が背中を押してくれています。
■なかじまはるみ
『11PM』の水曜カバーガールのほか、「JJ」初代モデルなど、多くの雑誌で活躍。結婚や介護などで引退していたが、2013年に復帰して活動中
■『Gメン’75』/(TBS系)1975〜1982年
丹波哲郎演じる黒木警視の指揮のもと、警視庁から独立した特別潜入捜査官チームが、国際犯罪や凶悪事件に挑むハードボイルドな刑事ドラマ。海外ロケや重厚な音楽も人気を博した。オープニングでメンバーが滑走路を歩くシーンは、いまなお語り継がれる名場面だ
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