
朝ドラ『ばけばけ』で主演を務める髙石あかり
3月16日に放送されたNHK連続テレビ小説『ばけばけ』第116話が話題となっている。
冒頭で「あれから10年ほどが経ちました。ここは東京」という蛇(阿佐ヶ谷姉妹・渡辺江里子)のナレーションでドラマがスタート。
かつて「東京はジゴクだ」と言っていた八雲(トミー・バストウ)だが、妻のトキ(髙石あかり)が「東京に住みたい」と言ったことで移住。すでに帝大(現在の東京大学)で教師として6年半働いていることがナレーションで説明された。
この10年の間に、トキの祖父・勘右衛門(小日向文世)は亡くなり、八雲夫妻の間には次男も誕生していたことなどが描かれた。
この唐突な展開に、Xでは
《あっという間に十年経っとる。朝ドラワープ。》
《週が明けたら一気に「10年ほど経ちました」って… だったらあの“焼き網事件”や“探偵ごっこ”の下りは要らなかったんじゃない?》
など、戸惑いの声があふれている。直後に放送された『あさイチ』の “朝ドラ受け” でも、MCの博多大吉が「10年が経ちました。ずいぶん老けこんでました、ヘブンさん」とこの急展開に驚いた様子だった。
史実では、小泉八雲が帝大の講師になるのは1896年のこと。それから6年半が経っているということは、第116話で描かれたのは1903年になる。ドラマのなかでも八雲が53歳だと言っており、1850年生まれであることと一致する。
では、この10年の間に何があったのか。
八雲の長男は1893年に誕生。このとき八雲はまだ熊本の高等中学校につとめている。だが、1894年には学校を退職し、一家は神戸に転居している。日本国籍を得て「小泉八雲」と名乗るのは神戸にいた1896年だが、ドラマではこれが前倒しで描かれている。そして、次男が1897年に、三男が1899年に誕生している。
八雲は神戸で英字新聞「神戸クロニクル」の記者として働き、「心」「仏の畑の落穂」などの著書はこの神戸時代に書かれている。神戸には約2年間在住したが、このことはドラマでは一切、触れられていない。
「小泉八雲夫妻はあくまでモデルなので、史実を忠実に描く必要はありません。しかし、神戸にいたことに触れないのも不自然な気はします。
八雲が松江にいたのは実際には1年半ですが、『ばけばけ』全25週のうち20週(第23週含む)が松江を舞台にした話でした。あまりに松江篇を丁寧に描きすぎて、終盤がバタバタになってしまった感は否めませんし、熊本篇での謎の推理合戦 “焼き網事件” も蛇足だったように思えます」(芸能記者)
第24週のタイトルは『カイダン、カク、シマス。』で、いよいよ八雲の代表作『怪談』の執筆に取り組むことになる。『怪談』は1904年4月に出版され、同年9月に八雲は心臓発作で亡くなっている。
『ばけばけ』もいよいよ残り2週。いったいどこまで描かれるのか――。
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