
坂本冬美
「今こそ歌おう みんなでエール」をテーマに掲げた『第71回NHK紅白歌合戦』は、いろんな意味で記憶に残る『紅白』になりました。
例年であれば、10月初旬あたりに放送時間などが明らかになり、続いて10月半ばくらいに司会者の発表がおこなわれるのですが、この年は9月10日に放送時間などの発表と併せて、『紅白』史上初めての無観客でおこなわれることが発表されました。
日本国内で、初めて新型コロナウイルスに感染した方が確認されたのは、この年の1月です。正直にいうと、このときはまだ当たり前だった日常が変わってしまうほどの重大事になるとは思ってもいませんでした。
ところがです。感染はあっという間に拡大し、4月には緊急事態宣言が発出。街から人が消え、コンサートは次々に中止・延期となり、わたしたちは歌う場をなくしてしまいました。
うがい、手洗い、マスクの着用、そして換気。感染対策の重要性が連日テレビで流され、三密、ソーシャルディスタンス、不要不急の外出の自粛…目には見えないウイルスに怯える毎日です。
9月に入り、しっかりとした感染対策を施したうえで、収容人員1万人以下の会場は5000人を上限として認められるようになりましたが、演歌のコンサートは2000人規模のところが多く、最大でもお客様は1000人。声出しは禁止です。
加えて、演歌のコンサートに来てくださるお客様はご年配の方が多いので、コンサートを再開するのは容易なことではありません。
こんな厳しい状況のなか、一時は中止も噂された『紅白』が無観客とはいえおこなわれ、そのステージに立ち、歌を届けることができたというだけでも、わたしにとってはこのうえない喜びでした。
しかも、です。当日、わたしが歌わせていただいたのは、尊敬してやまない桑田佳祐さんが作詞・作曲してくださった『ブッダのように私は死んだ』です。
2018年の『紅白』で初めてご挨拶をさせていただき、清水の舞台から飛び降りる覚悟で筆を取り、ほとばしる思いを縷々手紙にしたためて、お待ちすること数カ月……。
「こんなものを書いてみたんですがどうでしょう?」と、手渡してくださった歌詞を見た瞬間の衝撃……盆と正月。クリスマスとハロウィン。バレンタインとホワイトデー。その全部がひとつになって降ってきたような幸せは、ちょっと言葉では表現できません。
桑田さんからいただいた歌を満員のお客様の前で歌いたかったという気持ちがなかったといえば、それは嘘になります。
でも、コロナ禍で歌う場所を奪われ、鬱々としていた日々を思えば、『紅白』のステージで、桑田さんからいただいた『ブッダのように私は死んだ』を歌える喜びは、これからの歌手生活と引き換えにしてもいいくらい、最高の瞬間でした。
当日は初恋の相手 “桑畑佳祐さん” に扮し、「冬美、楽しみにしとるよ」と、和歌山弁で贈ってくださったエールも、生涯の宝物です。
桑田さんにいただいた『ブッダのように私は死んだ』は、これからも大切に大切に、大切に大切に歌わせていただきます。
さかもとふゆみ
1967年3月30日生まれ 和歌山県出身『祝い酒』『夜桜お七』『また君に恋してる』『ブッダのように私は死んだ』など幅広いジャンルの代表曲を持つ。現在、40周年記念シングル『遠い昔の恋の歌』が好評発売中!
写真・中村 功
取材&文・工藤 晋
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