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「地獄だった」モリマン『ガキ使』時代の “体当たり芸” を回顧…『ボキャ天』ではギャラ1本3000円の苦境

芸能 記事投稿日:2026.06.03 17:00 最終更新日:2026.06.03 17:00

「地獄だった」モリマン『ガキ使』時代の “体当たり芸” を回顧…『ボキャ天』ではギャラ1本3000円の苦境

ニューヨークの2人にかつての苦境を語ったモリマン・種馬マン(左)とホルスタイン・モリ夫(「ニューヨーク公式チャンネル」Xより)

 

 6月1日、お笑いコンビ・ニューヨークのYouTubeチャンネル内の企画『30分トーク』に、お笑いコンビ・モリマンがゲスト出演した。

 

『【芸人トーク】モリマンかつてコンプラない時代生きた女芸人、北海道でリア充な生活』と題した動画のなかで、芸人人生を振り返りながら、現在では考えられないような過酷な環境について語り、注目を集めている。

 

 モリマンはホルスタイン・モリ夫と種馬マンによるコンビ。1990年代に『タモリのSuperボキャブラ天国』(フジテレビ系)などで注目を集め、その後、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ系)の人気企画『山崎VSモリマン』シリーズで全国的な知名度を獲得した。

 

「動画のなかで、モリ夫さんは当時を振り返り『いまでも思い出すと心臓がバクバクするときがある』と告白。1990年代のバラエティ界は、いまとは比較にならないほど過激な演出が許容されていました。

 

 モリマンの2人は、その象徴的な存在だったと言えます。特に『山崎VSモリマン』シリーズは人気企画でしたが、ごぼうを使ってしばき合うなど激しい戦いが繰り広げられていましたから、負担は相当なものだったでしょう。

 

 モリ夫さんが今でも鮮明に記憶しているというのも、無理はありません」(芸能ジャーナリスト)

 

 さらに、当時の待遇についても赤裸々に語った。『ボキャブラ天国』出演時のギャラは1本3000円だったと明かし、テレビに出演しながらも事故物件で生活していたという。

 

「当時はテレビに出演していても生活が苦しいケースは珍しくなく、人気番組に出演していることと収入が必ずしも比例していなかったようです。今回のトークでは、そうした時代背景も垣間見えました」(同前)

 

 モリマンは北海道から上京して芸人活動をおこなったが、東京での活動期間は約3年半だったという。短期間にも思えるが、本人にとっては非常に長く感じられたようで、「地獄だった」などと振り返る場面もあった。

 

「現在、モリ夫さんは北海道でスナックやスープカレー店を運営する実業家としても活動。一方の種馬マンさんは、ブラジリアン柔術に本格的に取り組みながら、芸人活動を続けているそうです。種馬マンさんはモリ夫さんのスナックで週に1度働いているそうですよ。

 

 コンビとしても、6月に『モリマンフェスファイナル』を開催するなど、芸人の仕事は途切れていません」(同前)

 

 激しい時代を生き抜いた2人だからこそ語れるエピソードは、今後も多くの人の関心を集めそうだ。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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