
須賀健太(当時11歳)
かつて芸能界を席巻した“天才キッズタレント”たち。本誌が彼らの“現在”を取材してみると、見えてきたのはいまも真摯に活動に向き合う姿勢だった……!
<現在/須賀健太(31)俳優・舞台演出家>
▪︎オーディションに3年落ち続けて……
「当時特撮作品がすごく好きで、自分と同じくらいの子がレンジャーに助けられている姿を見て、衝撃を受けたんです。『僕もレンジャーに助けてもらいたい!』って(笑)」
こうして須賀健太は1999年、4歳でデビューする。
だが、オーディションに落ち続け、気づいたら3年がたっていた。
「ある程度頑張ったし、そろそろやめようと思ったタイミングで合格したオーディションが、月9の『人にやさしく』(2002年、フジテレビ系)だったんです」
平均視聴率20%を超えた同作は、須賀にとって転機となる作品になった。
「これに出ていなければ、俳優のお仕事も続けてこれなかったんじゃないかなと思います。オーディションの送り迎えをしてくれて一緒に悔しい思いをした親にも、やっと安心してもらえたかなと、ホッとした記憶があります」
撮影現場で元気に走りまわるやんちゃな子供だったと、須賀は当時を振り返る。
「とにかく落ち着きがない感じだったんです。現場でご一緒した大先輩の俳優の方々はダメなときはちゃんと叱ってくれて、よかったときはちゃんと褒めてくれました。子供の僕を、一緒に作品を作る仲間として尊重してくれました」
『人にやさしく』で共演した香取慎吾とは、現在でも交流があるという。
「香取さんには本当によくしていただきました。現場では僕につき合って一緒に遊んでくれて。ただ遊びすぎて、僕が本番で台詞を忘れてNGを出して叱られる、が現場でのお決まりパターンでした(笑)。
最近も香取さんが出演されている舞台を観に行ったんですが、僕がいま舞台の演出に携わっているということもあって、香取さんに『演出家が観に来てると思って緊張しちゃったよ!』と言われて、なんだか嬉しかったです」
須賀は現在、舞台を中心に俳優として活動しつつ、舞台の演出にも挑戦しているのだ。
「2015年に始まった『ハイキュー!!』の舞台で、初演から7作品にわたって主人公の日向翔陽を演じました。役者としては3年ほど舞台に立たせていただき、その後一度は日向役を卒業したんですが、今度は劇団『ハイキュー!!』の演出をやってみないかというオファーをいただいたんです」
演出家を経験し、学んだことは多かったという。
「演出をしてみて、役者というものを客観視できるようになった気がします。演出家としての側面を持ち合わせることで、役者への理解もより深まったというか。これからはちゃんと演出家の言うことを聞いて、使いやすい役者でいようってあらためて思いましたね(笑)」
演出家として、『ハイキュー!!』の舞台2作品を手がけた須賀。今後、挑戦したいことは?
「映像作品に戻って、これまで学んだことをもう一度別の視点からやってみたいという思いはありますね。
あと、これまで元気いっぱいの役が多かったので、少し大人な落ち着いた役もそろそろやりたいですね。演技も引き続き頑張りたいと思います」
<現在/野村佑香(42)女優・ナレーター・ワークショップ主催者>
▪︎いろいろなパターンで死にかけました(笑)
1990年代の “チャイルド” ブームを牽引した野村佑香が今夢中になっているのが「インプロ」だ。
「インプロという言葉は聞き慣れないと思いますが、『即興演劇』のことです。舞台で共演した女優の方がインプロをやっていらっしゃって興味を持ったんです。インプロのワークは、じつに幅広くて300以上もあるんです。私が主催するイベントでは、数々のインプロワークを実践しつつ、皆さんと失敗も楽しみながらポジティブなコミュニケーションを取っています」
そんな野村は、3歳でモデルとしてデビュー。5歳でドラマ初出演を果たした。
「母の友人のお子さんがモデルをやっていたことから、私も誘われて流れでお仕事を始めることになったんです」
野村は物心つく前から芸能活動を始めることになったが、その裏には家族の手厚いサポートがあった。
「マネージャーさんがついてくれるまで、母や父が車で送り迎えしてくれました。 小学6年生のときから出演したフジテレビのドラマ『木曜の怪談 怪奇倶楽部』(1995~1996年)が放送されたころには、自宅に嫌がらせの電話がよくかかってくるようになっていて、電話線を抜いていた時期もあったみたいです」
中学生から高校生にかけて、仕事の忙しさはピークに。
「今だったらアウトだと思うんですけど、当時は未成年でも深夜まで仕事して帰ることも普通にあったんですよね。
ドラマ撮影のスケジュール表を見ると、深夜の1時、2時に終了なんて書いてあることも。疲れて帰ってきて……湯船で寝落ちして溺れかけたり、頭を洗っているときに寝落ちしてお風呂場の角に頭をぶつけたり、いろいろなパターンで死にかけました(笑)」
だが、学業や学校行事には精一杯取り組んでいたという。
「楽屋に家庭教師さんに来てもらい、すき間時間に勉強を教えてもらったり、ロケバスの中で通信教育の教材を暗記したりしていましたね。
学校行事もちゃんと楽しみたかったので、林間学校に私だけ現地集合で合流したり、 文化祭の劇の台本を、当時撮影していたドラマの台本と並行して覚えたりすることもありました」
レポーターとしても活動する野村にとって、転機となったという仕事が『世界ウルルン滞在記』(1995~2008年、TBS系)だ。
「出演したのが中学1年生の夏休みのときで、イギリスにロケへ行ったんです。当時は小学校を卒業したばかりで英語なんかまったく話せないなか、いきなり現地に放り込まれたので、最初はあたふたしてしまいました」
これがきっかけで異文化への興味が生まれたという。
「大学はヨーロッパ文化学科に進学し、のちに世界23カ国をめぐる番組でレポーターのお仕事もしました。あのときの経験に衝撃を受けたことが、その後の人生に繋がっていたんだなと、今では思います」
<現在/山上兄弟(山上佳之介・31、山上暁之進・30)マジシャン・手品監修者・声優>
▪︎ “子供のマジック” は大人になると通用しない
「てじな〜にゃ!」というかわいらしいフレーズと、大人顔負けのマジックで一世を風靡した兄・山上佳之介(左)、弟・暁之進(右)兄弟は、現在もマジシャンとして多くの人々を魅了する。
暁之進 小学校の芸術鑑賞でマジックを披露させていただいたり、クラウドファンディングを活用し、自治体と連携してこども食堂でマジックショーをしたりしています。
佳之介 マジックショーのパンフレットは、デザインから何まで僕が作りました! 子供たちに配るマジックカードも手作りなんですよ。
ーー最近では映画、ドラマでマジックの演技指導もしている。
佳之介 最近だとNetflixの『忍びの家』(2024年)という作品で、木村多江さんにマジックの指導をさせていただきました。現場によっては、「マジックっぽく見せないでほしい」などいろんな要望があるので、指導する立場としても工夫して取り組んでいます。
ーー佳之介は、声優に挑戦した。
佳之介 声優のお仕事は基本、オーディションで決まることが多いのですが、有名なアニメキャラクターの大御所声優さんが、別のオーディションで同じ会場にいて驚くこともあります。
ーー佳之介6歳、暁之進5歳のときから舞台に立った山上兄弟にとって、2003年にオランダでおこなわれた “マジック界のオリンピック” と呼ばれる「FISM」に出場したことが、いちばんの思い出だと語る。
暁之進 僕ら以外の出場者は、現地の有名マジシャンや世界大会に出ている実力者ばかり。今ならすごく緊張すると思いますが、当時はふだんどおりにできました。でも、客席は予想以上の反応で、僕らのマジックが終わった瞬間、スタンディングオベーションが起こったんですよ!
佳之介 あれは、子供ながらに嬉しかったな。
ーー人気マジシャンへの階段を順調に上ってきたように思えるが、壁もあったという。
暁之進 大人に近づくにつれて、自分たちの見せ方を変えなければいけないなと悩んだ時期はありました。
佳之介 子供のころは、かわいく楽しくマジックをする必要があったけど、 “大人の男” になったらそれでは通用しないので、少し危険で迫力のあるマジックに挑戦していこうかなとか、ね……。
ーー試行錯誤でその壁を乗り越えた2人の今後の展望は?
佳之介 マジックを通じてこれからも表現していきたいという本質は変わらないと思います。生で体験したり見たりすることって貴重ですし、感動の度合いも大きいと思うので。これからも皆さんに笑顔や感動を届けられるように頑張りたいです!
<現在/さくらまや(27)歌手・事務所社長>
▪︎歌手と社長の二刀流で奔走!
1908年、当時10歳で演歌歌手としてメジャーデビューしたさくらまや。翌年には、『NHK紅白歌合戦』にもゲスト出演した。
「『紅白』がどれだけ大きなステージなのかがわかっていなくて、ただ歌うことだけに一生懸命でしたね。ですが年齢を重ねるにつれ、ひとつのステージを作り上げるまでにたくさんのスタッフさんが関わっていて、多くの時間やお金が費やされているんだということに気づいてからは、身が引き締まる思いを抱くようになりましたね」
幼いころから数多くのステージをこなしてきたさくらだが、一大転機が2020年にきた。
この年、彼女は長年所属した事務所から独立する。
「事務所に所属して安定してお給料がもらえる環境に安心感を覚えていたのですが、コロナの影響により事務所が解散になり、独立を決意しました。自分で事務所設立の仕方を調べたり、いろいろな契約書の作成など法律関係の手続きをしたり、一からやりました」
個人事務所設立後、さくらは観客と一緒に楽しむ、祭りのようなステージを作ることを心がけている。
「最近は趣味を仕事に取り入れてみようと思って、全国のパチンコ店でイベントをおこなったり、歌ったりもしています。パチンコ店だとお客さんとの距離も近くて、皆さんから直接いろいろなお話を聞けることが楽しいんです。
自分の好きなようにステージを作り上げられる自由度の高いイベントはやりがいを感じますし、今後も続けたいですね」
まさに、十人十色の人生を送る元キッズタレントたち。 “過去の栄光” にあぐらをかかず、しっかり糧にして歩んでいた。
写真・福田ヨシツグ(野村佑香、山上兄弟)、金谷千治(須賀健太)
取材/文・瑠璃光丸凪(A4Studio)
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