
中川翔子
7月22日、評論家で編集者の山田五郎氏の訃報が発表された。7月14日に帰天したことが明かされ、すでに葬儀も滞りなく終了したと報告された。
「講談社『ホットドッグ・プレス』や『TOKYO1週間』の編集者から独立し、その博識ぶりや軽妙なトークでサブカル界のご意見番として長らく活躍。テレビ東京の『出没!アド街ック天国』では1998年からコメンテーターとして出演、お茶の間の認知度も非常に高い人でした。
2024年に公表した原発不明がん治療中も精力的に活動し、死去後の7月17日にYouTubeを更新。『出没!アド街ック天国』にも死去6日前の収録まで参加するなど、最後まで病魔と戦い続けました」(芸能記者)
山田氏の訃報に、多くの著名人やファンが追悼のポストを投稿していたが、なかでも親交の深いタレント、中川翔子のポストが多くの人の涙を誘った。
「山田さんと中川さんは、J-WAVEの『東京REMIX族』、そして2014年からは局を変えてJFN加盟各局で放送されている『山田五郎と中川翔子の「リミックスZ」』で長年共演している間柄です。自身のXで山田さんとのツーショット画像を添えて思いを綴りました」(前出・記者)
中川は《山田五郎さんが7月14日に旅立たれました。2007年から始まったラジオ、「山田五郎と中川翔子のリミックスZ」、前の番組から数えると、およそ20年。人生の半分を五郎さんと一緒に過ごしてきました》として、山田氏との思い出を振り返った。
《五郎さんは、どんな私も否定しませんでした。「お前はどうしようもねえなあ」「キモいなあ」そう言いながら笑ってくれて、叱ってくれて、心配してくれて、たまに褒めてくれて》
《五郎さんがいてくれたから、私は私のままでいていいんだ、好きなものを好きと言っていいんだと思えました》
すでに病状が進行していた今年も、一緒に3回焼肉に行くなど、回復を信じていた矢先に今回の訃報に至ったという。
《7月14日、会いに行きました。あと5分、間に合いませんでした。悔しくて、悲しくて、信じられなくて》
臨終の場にも立ち会ったことを明かし、《お父さんを失うって、こんな気持ちなんだ。心に大きな穴が空いています》と喪失感を綴った。
「中川さんは、9歳で実父の俳優・中川勝彦さんを亡くしています。幼くて実感が薄かったであろう父の喪失を、自身も親となって追体験しているポストに、多くの人が共感しているようです」(前出・記者)
Xでは中川のポストにもらい泣きする人が続出。
《数日前のYouTube、今回の訃報、どっちもみてギリギリ泣いてなかったんですけど しょこたんの投稿読んで泣いちゃいました》
《他の投稿を読んでる時は『まだ若いのに残念だな』くらいの気持ちでしたが、この投稿を読んだら涙が出てきました》
《ラジオ聞いてたからしょこたんからのメッセージはささりますな。一番泣けたよ》
中川は投稿の最後に《私にたくさんの世界を見せてくださって、本当にありがとうございました。五郎さん、大好きです》と愛を伝えた。
「中川さんは山田さんが昏睡状態から目覚めたときに《「死は無じゃない。意識は続いていて、ちゃんと世界で生きて行動してたよ》と話していたと明かし、《だから今も、どこかで新しい世界を面白がって歩き回っているような気もしています》と、故人を偲びました」(前出・記者)
敬虔なキリスト教徒でもあった山田氏。天国で大好きな印象派の画家たちにインタビューして歩いているのかもしれない。
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