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寿美花代さん死去、息子の高嶋政宏・政伸は「ゆっくり休んで」…献身の生涯と「長男との悲しい別れ」

芸能 記事投稿日:2026.08.06 20:25 最終更新日:2026.08.06 21:44

寿美花代さん死去、息子の高嶋政宏・政伸は「ゆっくり休んで」…献身の生涯と「長男との悲しい別れ」

右から、寿美花代さん、高嶋政宏、高島忠夫さん(写真・共同通信)

 

 8月6日、元宝塚歌劇団星組トップスターで女優の寿美花代(すみはなよ)さんが亡くなったことが発表された。8月3日に老衰のため亡くなり、6日に家族葬が執り行われたという。

 

「6日正午に所属事務所の東宝芸能が各マスコミに発表しました。寿美さんは1948年、宝塚歌劇団に入団。宝塚歌劇団35期生で、1952年『猿飛佐助』で初主演して一気に男役として大ブレイク。宝塚を代表するスターとして活躍し、1963年に俳優の高島忠夫さんとの結婚により退団しました」(芸能担当記者)

 

 その後は夫の高島との“おしどり夫婦”として活躍し、1971年から始まったフジテレビの昼の料理番組『ごちそうさま』では25年3カ月の長きにわたり夫婦で共演した。2人の息子である高嶋政宏と高嶋政伸も俳優としてブレイクし、芸能人ファミリーとして人気を博した。

 

 訃報に際し、政宏と政伸はそれぞれ事務所を通じてコメントを発表している。政宏のコメントによれば、「ここ数年は誤嚥性肺炎で入退院を繰り返し」ていたといい、「もちろん悲しいんですけど、今は楽になって、ゆっくり休んでいるんだろうなという安堵の気持ちでいっぱいです」という。

 

「実は政宏さんと政伸さんの上に長男の道夫さんがいたのですが、生後5カ月で亡くなっています。1964年8月24日、住み込みで働いていた当時17歳の家政婦Aの手で、風呂桶に沈められたためです。

 

 当時Aは警察に追求され、当日に犯行を認めて逮捕されました。元々、高島夫妻のファンだったAは、知人の紹介で住み込みの家政婦として働いていました。高島夫妻はAを可愛がっていたのですが、道夫さんが生まれたことで『子供ができて自分は疎遠に扱われている』と思い込んだと報じられました。

 

 同時期に他の家政婦も雇い入れられたため、そちらにも嫉妬するなど情緒不安定な状態で、『子供がいなくなれば自分だけに愛情が向く』と犯行に至ったと供述しました」(同前)

 

 当時未成年だったAだが、成人同様に殺人罪で起訴され、1965年6月に東京地方裁判所にて懲役3年から5年の不定期刑を言い渡されている。

 

「事件後、49年経った2013年6月18日に放送された『独占密着!真実の高島ファミリー『忠夫さん、死ぬまで一緒やで』~寿美花代 献身愛で闘う夫の病~』(フジテレビ)で、寿美さんはトラウマから『いまだに、お風呂っていうとシャワーしか浴びられない……』と明かしていました。さらに、赤ん坊の鳴き声や『ママ、苦しいよ』などを電話口で聞かせてくるいたずら電話に悩まされたことも告白しました。高島夫妻は事件の記憶から、その後に生まれた2人の息子をロケ先にも連れていき、大切に育てていきました」(前出・記者)

 

 1998年に夫の高島がうつ病を発症後は献身的に介護。2019年6月の死別後は、自宅を離れて施設に入居していたという。Xでは、寿美さんへの追悼のポストとともに、事件の記憶が蘇った人が続出した。

 

《政宏氏は次男で政伸氏は三男ってあって、ん、長男さんはどうしたん?って調べたら赤ん坊の頃に家政婦に溺タヒされた事件にめっちゃ驚いた今日の昼下がり》

 

《寿美花代さんもあちらに行ったなら、先に亡くなった長男と会えてるかな?》

 

《夫婦揃っての料理番組、夏休みによく観ていて、仲の良い夫婦だなと思った。天国で、忠夫さん、ご長男さんと、また仲良く》

 

 94歳の長寿を全うしたかつてのトップスター。最愛の夫と、幼くして亡くなった長男との再会はきっと叶うことだろう。

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出典元: SmartFLASH

著者: 『FLASH』編集部

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