
映画『国宝』で歌舞伎メイクを担当した日比野直美さん(右)と、OSK日本歌劇団での“後輩”にあたる翼和希(写真・長谷川 新)
大ヒット映画『国宝』で歌舞伎メイクを担当し、米アカデミー賞にノミネートされた、「顔師」の日比野直美さん。彼女は、かつてOSK日本歌劇団に所属し、舞台に立っていた。現在、OSKを率いるトップスター・翼和希が今回、“大先輩”でもある日比野さんの歩みと仕事について聞いた。
翼 OSKに入られるきっかけは、やはり歌劇がお好きだったからですか。
日比野 がっつり『ベルばら』世代ですから(笑)。小学校のころから児童劇団にいて、日本舞踊やバレエなどをやって、中学生ぐらいからは宝塚の受験声楽などを始めていました。翼さんも子どものころから、この道を目指したんですか?
翼 私はもう真逆で、人前で何かするのが恥ずかしい性格でした。いまは、表現することが楽しくて楽しくて仕方ないですから、人生、何があるか分からないと思います。
日比野 私もまさに、何が起こるかわからないから、ここにいます(笑)。私は1980年代、10年ほどOSKに在籍しましたけど、舞台用のメイクはずいぶん変わりましたね。昔はもっと、目元に青々と色を入れていたし。口紅の色も真っ赤な感じでしたけど、いまはナチュラルな、ベージュの口紅とかが多くなって。流行はありますよね。
翼 私も以前、意気揚々と真っ赤な口紅を塗ったら「変えて」と言われました。初舞台のときは、いま観るとデーモン小暮閣下みたいだったと思います(笑)。
日比野 初舞台はみんなそうですよ。つけまつ毛も3枚ぐらい重ねてね。
翼 バランスを考えて、つけまつ毛を切ってみたり。
日比野 それと大事なのは、眉。私がいま手がけている古典の作品でも、役によって眉がいちばん大事なんです。役者さんも、よう言うてはります。
翼 たしかに、アイメイクは同じでも、眉だけは必ず役によって変えますから。今回、『幸村を討て』という作品で、私は一部で徳川家康、二部で真田幸村と二役を演じるんです。その変化も見ていただきたいと思ってます。
日比野 老け役ですね。
翼 ずっと、おじいさん役をやりたかったんですよ。この前まで『ロミオとジュリエット』で、15歳のロミオをやっていたので、そのギャップも楽しくて。
日比野 OSKで本当にいろんな役、踊り、歌、所作を経験したことは、たいへんではありましたけど、ひとつも無駄なことはなかったと私も実感しています。
歌舞伎メイクが決まったのは「クランクインの1週間前」
翼 日比野さんは退団されて、結婚、子育てを経てから、日舞などのお顔を作る「顔師」になられたんですよね。
日比野 たまたま、知り合いの知り合いの方がお弟子さん探していらっしゃって。OSKにいたなら、お化粧の基本的なものは分かってるだろうから、と紹介されたんですけど、入ってみたらぜんぜん違うんですよ。とくに古典は、お役でお顔は決まっているので、それを覚えるのが、なかなか。いまでも覚えきれてないです。
翼 白塗りだと、下地の鬢つけ(びんつけ。木蝋、菜種油、ひまし油など天然油脂を原料とした固形油)が大事ですよね。
日比野 アメリカでも「鬢つけって何ですか?」と聞かれました。それが均等に顔に塗れないと。後でおしろいを塗ったときに、めちゃくちゃムラになるんです。それができるまで、ひたすら修行でした。鬢つけ油と仕上げにはたく、お粉の香りは、この仕事ならではだなと思います。
翼 私もお粉のにおいが好きです。OSKでは、あのお粉を「パンパン粉」って言うんですよね。パンパンするからパンパン粉。
日比野 翼さんが出演した朝ドラ『ブギウギ』でも、パンパン粉が出てきましたよね。すごくうれしかった。
翼 あのときはOSKを描くために、何十年も受け継がれた劇団だけの独特なネーミングを、NHKさんからすごく聞かれました。私にとって『ブギウギ』は初めての映像作品で、戸惑うこともいろいろありましたけど、日比野さんも『国宝』で舞台でなく、映画のために顔を作るというのは、どうでしたか。
日比野 ふだんの踊りの会のお仕事とかとは、まったく違いました。メイクをしている時間も長いですし、顔がアップになったとき、きれいでないといけないなど、戸惑うことばかりでした。それに吉沢亮さんも横浜流星さんも、 もともとがきれいな顔の方じゃないですか。あんまり崩すことはできないし、違う顔にもできない。しかも当初は、別のメイクさんが担当することになっていたんです。それが、白塗りができる人をということで、私が入ることになって。それが決まったのは、クランクインの1週間前でした。事前にプランをたてる余裕もなかったんです。
翼 そんなに緊迫したスケジュールだったんですね。
日比野 私よりずっと上手にできる顔師さんは、きっといてはるんですよ。でも、あの現場で、臨機応変にいろいろなことに対応する、その瞬発力はOSKで培ったものだと思うんですよ。
翼 お2人が見事に女方になってらして、感動しました。
日比野 吉沢亮さんには、どこか性別を超えた美しさを感じたので、その美しさを崩さないよう、シンプルに仕上げました。横浜流星さんは、彫りが深くて男前というお顔ですが、どことなくかわいらしさが出るんです。お2人が『藤娘』の稽古しはるのを見せてもらったら、明確に踊り方が違いました。私はふだんから、なるべくお稽古を見て、その人がどんな風に踊るかで、お顔も工夫しているんですが、吉沢さんも横浜さんも、あんなみごとに踊れるんや、とびっくりしました。
翼 私も『ブギウギ』のときに、OSK名物のラインダンスのシーンで、俳優さんたちが稽古をしているのを見ました。その後、みごとにダンスをこなしていて。そのプロ根性に刺激を受けました。自分たちも、もっとやらなあかんと、負けず嫌いに火がついた感じでした。
日比野 そこですよね。どこにもない舞台を作っていくのがOSK。私も劇場に通っていますけど、一度、観ていただいたら、絶対ハマると思う。『幸村を討て』の、翼さんの家康と幸村も楽しみにしてますよ。
翼 ありがとうございます!! ぜひ、メイクも観てください。
つばさかずき
熱量あふれる歌唱と切れ味鋭いダンスに加え、澄明にして的確な演技をもって、舞台に鮮やかな華やぎと力強い存在感をもたらすトップスター。劇団創立100周年となる2022年、福井県越前市で行われた「たけふレビュー」公演にて、1カ月に及ぶロングラン公演の初主演を務める。2023~2024年放送のNHK連続テレビ小説『ブギウギ』では、主人公の先輩役として出演。たしかな演技力と存在感が高く評価された。2023年8月には松本清張賞受賞作『へぼ侍』の初舞台化に挑み、骨太な芝居で作品を成功へと導く。2024年9月にトップスターに就任し、記念公演を国内各地およびシンガポールで開催。2025年2月には大阪・東京にてミュージカル『三銃士』に主演し、物語の推進力として舞台全体を力強く牽引した。9月の英国公演を経て、11月から2026年2月にかけて全国各地をめぐる巡業公演を実施。2026年夏は、7月に初の博多座公演『レビュー 夏のおどり』、8月には大阪・ナレッジシアターにてミュージカル『幸村を討て』に主演。大阪文化の振興に貢献したことが評価され、「2024年度 咲くやこの花賞」を受賞。出身地である大阪府枚方市のPR大使を務めている
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